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XIII. 和解 <ワカイ>
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 可南の麓、月族がすぐに使者を立てた。月から、藍へ。赤へ。そして黒へ。
 黒葉は狩りから戻ったばかりだったが、その姿のまま頂の小屋へと走った。羅猛の元にも、既にその知らせは届いていた。
「人数は」
「共も連れて、五、六人らしい」
「それなら、事を荒立てる必要もない。俺一人で会う。謝罪の使者だろう。当主がじきじきに来るとはご苦労なことだがな」
「……悪いが、俺も立ち会わせてもらう」
 羅猛は黒葉の顔を見つめた。笑みを浮かべずに、黒葉は羅猛を見返していた。
 羅猛は笑った。
「勝手にしろ」


 供を外に置き、春水は一人で入って来た。机の前に座った羅猛の背後に、黒葉は腕を組んで壁に寄り掛かっている。
「よオ。……秋祭以来だな」
「……夜分に、失礼を」
 当主と族長は、しばらく黙って瞳を見交わしていた。これだけ近い距離で直接の言葉を交わすのは久しぶりだった。
「今日の事は……もうお聞き及びと思いますが」
 春水がゆっくりと言った。
「一族の者が、わきまえずに無礼な真似を致しました事……お詫びにあがりました」
「聞いてる」
 真摯な表情の春水の白い顔を、羅猛はじっと見つめていた。
「蘭櫂か。大した腕だそうじゃないか」
 名前まで、知っていた訳か。それなら可南でももう充分な調査済みと言うわけだ。春水は心で呟いた。
「……何とぞ、若輩者ゆえ……。寛大な御処置をと、勝手ながらお願いに」
「処置ね……」

 羅猛は立ち上がった。木の器に二つ酒を注ぐと、机に置く。
「まあ、座れ」
 春水は黙ってその前に腰をかけた。向かい合って座ると、細身の春水はまるで子猫のように見える。やがて羅猛が口を開いた。
「御処置、の必要はネェな。仕掛けたのはコッチだって言うじゃないか」
 異を唱えるように動きかけた黒葉を手で制する。春水は僅かに眉を上げた。
「それは……」
 思わず言葉になった。
「……随分と正直な」
 羅猛が笑った。
「あのバカ共は、自分が悪い事したなんて思っちゃいネェからな」
「……」
「ホントならこっちからも詫び入れさせる所なんだが……。ま、怪我人の一人は薬師で、かなりの重態だ。被害はこっちの方が多かったって事で、これでチャラにしてくれ」
「……有り難く」
「薬師と巫子ン所も、大事にするつもりはないと言っていた。もう豪華な見舞いが届いたそうじゃないか……素早いことだな」
「……気持ちを汲んで頂いて、幸いです」
 春水は立ち上がった。長居は無用だ。
「……感謝します」
 深いため息と共に、最後の言葉は、本気だった。春草の当主は、礼をして立ち去った。

「黒葉」
 羅猛は振り返った。
「不満そうな顔だな」
 黒葉は肩を竦めた。
「ま、いいけどね……ちょっくら、締め上げるいい機会だったのによ」
「これ以上か? 黒矢が無事で助かったぜ。そしたらこれだけじゃ済まされネェ所だ。春水もそう思ってるだろうけどな」
「当然だ……チャラけた野郎だな。相変わらず」
 黒葉は壁から離れ、羅猛の前に腰を下ろした。
「あれは……バカじゃない」
 羅猛が呟いた。
「だが、まだ若ェよな。バカな振りをしようなんてェのが、青臭い」
 黒葉は思わず吹き出した。春草の当主とこの族長は、その年は僅か四つしか違わなかったのだから。
「お前……人のコト言えンのかよ。まだ若造のクセしてよ」
 羅猛も笑った。
「オレか? 俺は、隠そうとなんかしちゃネェよ。……馬鹿な所も、利口な所もな。そんなのは、隠したって、いずれバレる。必要以上に警戒されるだけだ」
「なるほどな。そこがお前のお利口な所かい? 誉めてやるよ。お利口さん」
 黒葉の軽口を無視して羅猛は立ち上がると、新たな酒を注いで黒葉の前に置いた。その長身は既に自分に追い付いている若き族長を、黒葉はじっと眺めていた。

「それにしても、寛大なことだな」
「そうか? 当然の処置だと思うが」
「コトもあろうに、……親のカタキだろ。あの一族はよ。あン時はなあ……ああするしか無かったにせよ、今は事情が違うぜ。可南はもう心配ねえ。今春草にどんなオシオキしたって可南はびくともしねえ。カタキ打つとしたら……少なくともいい口実にはなったぜ」

 黒葉に背を向けて、羅猛は窓から外を眺めていた。可南では高級品の、雪族の作るざらざらした硝子が入ったその窓から、既に春水の姿は見えなかった。
 暫しの沈黙の後、彼はやがて口を開いた。
「……あれは、親父が悪い」
 黒葉は眉を上げた。押し殺したような声で聞き返す。
「……何だって?」
 低い声で、羅猛は喋り続けた。
「俺を盾にされて、親父は大剣を捨てた。あれは、間違いだ。子供なんてまた作れる。まずは自分を守るべきだった。そうすりゃ、一族だって守れたかもしれなかった」
「……」
「俺なら、あんな事はしない」
 羅猛の背中を見つめていた黒葉は、やがてその目を酒に落とすと、苦笑と共に呟いた。
「それはどうかな……さあ、どうだかね……やっぱりお前は、まだ若ェよ。お利口さんは、取り消しだ……」


 可南の麓には光嚥が待ち構えていた。
「やはり、来たのか」
 春水の笑みを見れば、悪い結果では無かった事が解る。ほっとして、光嚥は尋ねた。
「いかがでした?」
「懲罰は無し。詳しくは、帰ってから話す。……ちょっと、思い付いた事もあるしね」
「……? 何です」
「だから、帰って話す。お前が仰天するようなことさ。とりあえず僕の部屋に来てくれ。可南の強い酒は口に合わない。まずは……乾杯からだな」
「何に?」
 春水は微笑んだ。
「とりあえずの、和解にさ」
 凍り付いた雪の上に、満月が照り映えている。
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