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XV. 婚列 <コンレツ>
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 華やかな行列が通り過ぎるのを、遠く白山の中腹から彼等は見下ろしていた。
「盛大だった?」
 真白が聞く。
「当然。黒の嫁入りだぜ。贅沢三昧」
 剣が答える。分家の代表として、彼は昨日の婚儀に参列していた。
「いいなあ、見たかったなあ。今年一番の婚儀」
 うっとりと真白が言う。彼は美しい物は何でも好きだった。その内容が善き物であろうと悪しき物であろうと、美しい物にはそれだけで存在価値がある、と彼はいつも言っていた。まるで春草みたいな事を言う、と黒矢や日刺に馬鹿にされるのが常だったが。
「アホウ。何がイイナア、だよ」
 日刺が苦々しげに言う。
「ダラシねえよな剣。テメエ、春水なんかに女取られやがって」
「そんなんじゃネェって言ってんだろ」
 剣は低く答えた。まだ山に雪は残っていたが、もう降ることはないだろう。ここ数日も晴天が続いていた。可南は既に春だ。

「それにしてもよ」
 似合わぬ低い声で、黒矢がボソリと呟いた。
「……黒葉も何考えてんだか解んネェよ……。俺、随分反対したんだぜ」
「全くだな」
 日刺が頷く。
「何でコッチから、春草に人質やんなきゃいけネェんだよ」
「人質なんてさあ」
 真白が不満そうな顔になった。
「決めつけんなよ」
「じゃ、なんだよ。言ってみな」
 馬鹿にしたように日刺が聞く。
「だからさあ」
 さすがに真白もちょっと顔を赤らめた。
「好き、だったんじゃないの? 彼女の事がさ」
「あーっ!」
 日刺は髪をかきむしった。
「このオメデタ野郎が! オメエは、あんな目に合ってもまだ春草びいきがなおんネェのかよっ!」
「あんな目って言うけどな日刺」
 日刺の方を向き直って、真白はその鼻先に指先を突きつけた。
「あれはコッチが悪い。ナンだよ、馬鹿な挑発しちゃってさ。子猫みたいな真似、もうすンなよなっ!」
 さすがの日刺も少しひるむ。それにニヤリと笑って、真白は肩を竦めて見せた。
「……それに俺、モノに釣られたの。もうお見舞いのお品がざっくざくでサア。親父なんか始めはカンカンだったくせに、最近はまた撃たれて来い、なんてさ」
日刺はがっくりと肩を落とした。
「……情けネェやつ……」

 二人に構わず、相変わらず腕を組んだまま婚列を見おろしていた黒矢が、ふと剣を振り向いた。
「……オレ、焔は剣にくれてやるつもりだったんだぜ」
 姪にはあたるが一つ年上の彼女と、黒矢はほとんど一緒に育ったのだ。
「黒葉だって、そんなこと言ってたんだよ。ずっとさ。それがよ、いきなりこれはネェよな。まだ成人前だぜ。解んネェよ。黒葉も、羅猛も」
「族長が?」
 日刺が不振気に聞く。
「アニキと羅猛でさ、ずっと話し合ってたんだよ。それで、二人で決めたみたい」
「フーン……」
「それによ……好きだったんじゃないの? はイイけどよ。そんなら焔の気持ちはどうなるってんだよ。アイツ、ずっと剣の事ばっか喋ってたんだぜ……」
「………」

「あ、焔だ」
 興奮気味に、真白が叫んだ。
 馬上に、焔の姿が見えて来た。上から下まで白の更紗。燃えるような祭りの衣とは違い、今日の彼女はいやに儚げに見えた。
「……可哀想だよ」
 ふいに黒矢が呟く。
「一人でさ。春草なんかにさ……」
「別に不幸になるって決まったわけじゃ…….」
 真白の言葉も歯切れ悪く途切れ、若猫等は押し黙り、遠く花のような姿を見送っていた。彼等と一緒に野を駆けめぐった面影は既に無い、美しい女がそこにいた。


 ふと、焔が顔を上げた。丘の上に、剣の姿を認める。目が合った。合わせた目を反らそうとせず、焔はそのまま剣の姿を見つめている。いつまでも。
 その真摯な表情に、彼等は言葉を失った。剣も、彼女から目を離すことが出来なかった。今この目を反らしてしまうのは、何か大きな罪を冒すことのようにも思えて、焔の不思議な表情をじっと見つめていた。微笑むこともせず、悲しみの影も見えす、その瞳はただ真摯、としか言いようがなかった。そしてただ剣を見つめていた。
 きっとそれはその姿を、永遠に瞳に焼き付けるための。
 列が山の影に消えても、若猫達はしばらく動く事が出来なかった。
 そして、言葉少なに、やがて山を下った。
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