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XIX. 予兆 <ヨチョウ>
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「ヤッパ、良くわかんネェよ」
 日刺はぶつぶつと呟いていた。
「星がどーのーこーのいわれてもさ。なんかこう、もうちょっとはっきりと言って欲しいよな。二十五歳の秋に男の子が産まれます、とかナンとかさ」
「いい嫁さんだって言われたじゃネェかよ」
 黒矢は笑って言った。真白は一足先に白山へと帰って行ったが、二人は何とはなしにまっすぐ家へ帰る気がせず、あてもなく馬を走らせていた。
「前成人の神卸ってのは一生をかけて占うモンだから、かなり解りにくいハズだって、黒葉は言ってたぜ。それに、今解んなくてもいつかは解るから、大事に覚えとけって。可南の猫だけの特権だぜ」
「……真白は、トクしたよな。外猫のクセにさ」
「全くだ」
「黒葉もやったのか。前成人の神卸」
「もちろん」
「ナンて言われたって? 覚えてるって?」
「絶対忘れないってよ。あなたの待ち人は、還る。信じて待ち続けなさい」
「フーン……」
 手綱を休めて馬を歩かせながら、黒矢はふと巫子村を振り返った。
「それにさ、日刺。お前、ホントに言われたことに、心当たりないわけ?」
「うーん……」
「俺は、あるぜ。けっこー肝に命じたよ……」
「……まアちっとドキっとしたのは事実だけどよ」
「それで充分だろ。あとはただ覚えときゃいいってコト。いーじゃん。嫁さんの保証付きで」
「そーだよな」
 日刺はがぜん元気になった。
「なんてったて赤音は美猫だしよ。俺にベタ惚れだしな。タフで明るくってよ。あれ以上の嫁さんはいねえって、俺も思ってたンだよな」
「へいへい。お前って、ケッコーカアイイやつだよな」

 言い返して来ると思った日刺の馬が止まる。黒矢も釣られて手綱を引いた。
「……どうした?」
「見ろよ」
 遠くはあるが、木々の隙間に。
「春草だ」
「へえ」
 黒矢は声を潜めた。
「何してんだか、こんな所で」
「おおかた薬師への使いだろ。ここは近道だ」
「いくら近道ったってよ。可南のこんな近くを通るたあ、いい度胸だぜ」
「全くだよナァ。それなりの覚悟があってのことだよなァ」
 日刺は、既に獲物を狩る目つきだ。
「オイ」
 黒矢が顔をしかめた。
「さすがに薬師への使いはマズいぜ。どうせ急病人だ。まあた黒葉にシメられる」
「だからヨオ。怪我なんてさせやしねえよ。オツカイだって邪魔ァしないさ。ちょっと遊ぶだけだろ。耳かせよ」
 日刺が彼の耳元でささやき始める。黒矢の顔にも、次第に意地悪そうな笑みが浮かんできた。
「そりゃあ……確かにちょっと面白そうかもな」
「だろ? 行こうぜ。先周りだ」
「よオしっ」
 二人は思い切り馬を跳ばし始めた。


「で」
 春水はさすがにうんざりした口調だ。
 光嚥は肩を竦めた。彼とてこんな報告を好きでしている筈もない。
「ですから、樹鈴の息子が」
「髪を切られた、んだろう」
「ええ、サッパリと」
「誰に」
「黒の三男と日刺……どうも前成人祝いの帰りで、浮かれていたらしいですね」
「浮かれてね……こっちに怪我は」
「怪我は、別に」
「じゃあ、放っておけ。髪なんてまた伸びるだろう」
「春草の当主ともあろうお方が、そんなことをおっしゃってはいけません。あの一族は春草のほぼ直系ですからね。本人は屈辱のあまり自決しかねない勢いですよ。特に黄金の長髪を自慢にしてましたからねえ」
「可南にそんな事を話して通用するか? 彼等は仲間内でもその位の事はやるだろう。ほんの他愛ない悪戯のつもりだろうさ」
「そうでしょうね。そしてそれは可北の猫には通用しないんですよ」
「ああ……そうだな」
 春水は溜息をついた。
「全く……こんな、つまらない事を」
「そうですね」
 光嚥は相槌をうった。
「つまらなすぎるんです……それが問題ですよ。苦情を申し立てる程のことではない。さりとて放ってもおけない。相手の犯人は前と一緒ですからね。前回も向こうはお咎め無しだった事を、ウチの若猫達はもう知っています。おまけにこの馬鹿にしきった事件だ。彼等は爆発寸前です」
「力のないものが爆発したって、自爆するだけの話だ」
「だから、それほどの知恵があるものなら、そんなことはしないでしょうが」
「……お前の……言う通りだな。確かに、放ってはおけない」
 春水は立ち上がった。
「樹鈴には、僕が話してみる。だが、可南には……」
「はい」
 光嚥は頷いた。
「何も出来ませんね。ただ、ご注意を」
「………」
「爆発の対象は、可北にもありますから」
「解ってる。焔、だろう」
「はい。仮にも御当主の正妻にあたるお方に手出しをしようなどと考える輩がいるとは思えませんが、念には念を、という事で」
「言われなくとも充分注意するよ。そんなことになったら、今度こそ……」

 その先は、言わずとも知れた。ふと光嚥は、顔を上げて聞いてみた。
「そう言えば……春水様は、前成人の神卸には行かれたのでしたっけ?」
「……行かないよ。僕はああいったものには興味がない。運命なんて自分でどうにかするものだろう。神の予言だかなんだか、そんなものに左右されてたまるものか」
 手を振った春水に、光嚥は黙って部屋を引き下がった。
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