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XXVII. 未来 <ミライ>
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「いやあ、メデタイメデタイ」
 背中をどやされた藍高が、いささかうんざりした様子で振り返る。
「黒矢、ナンかお前、既にオッサン臭くなってるぜえ。メデタイのは解ったから、少し大人しく座ってろ」
「いーじゃねーかよ。オメエこそ婚儀の席に、辛気くせえツラしてんじゃねーよ」
 既に黒矢は出来上がっている。尤もそれは黒矢に限ったことではなかった。黒の長女と分家の婚儀。それは可南でも歴史に残る程の華やかなものとなった。ましてや、ずっと待たれていた剣の本家入りの儀も同時に行われるのだ。そして幼いながら新たな巫子の誕生もあった。簓は若夫婦の元で育ち、その「力」が目覚めるのを待って巫子の家を引き継ぐことになるだろう。黒矢ではないが、まさに目出度い事づくしの、晴れの婚儀の日であった。


 一杯機嫌の若猫達が練り歩く中、婚儀を終えた剣は可南の権力者達に囲まれていた。これも上機嫌の黒葉が剣と並んで立ち、驚いた声を上げている。
「ナンかお前、でかくなったナァ……。黒にしちゃ華奢なヤツと思ってたのによ。よっぽど焔にいいモン食わされてんだな」
「まあね。なんたって俺、今年成人だぜ。随分伸びたよ。一年で」
「しかし、あれだよな」
 黒里がニヤニヤ笑って言う。
「羅猛、お前もよ。嫁さんもガキも剣に先越されてよ。ちょっと情けネェぜ」
「言ってろ」
 さすがの羅猛も今日は笑顔だ。
「しかしホントにでかくなったな剣。黒里とそんなに変わらないんじゃネェか?」
「背だけはな」
 すかさず黒里が言う。
「成人前のヒョロヒョロ猫と一緒にされちゃ困るぜ」
「ま、剣が成人して、本技比べに出てくるのが楽しみだな」
 羅猛がニヤリと笑う。
「弓で剣に勝ってからその大口叩きな」
「まさか」
 剣が苦笑した。
「いくらなんでもまだ黒里にはかなわネェよ。本気でやられちゃコッチが困る」
「……カアイーやつ。弟よっ!」
 黒里に抱え込まれ、髪をぐしゃぐしゃにされながら、剣は楽しそうに笑っていた。


 一方焔は女猫達のオモチャにされている。
「アンタ、ほんっと白が似合うわねー」
「婚儀にはトクよねえ。わあ、キレイな編み目だなあ」
「緑の傑作よお。黒の婚儀ぐらいでしかお目にかかれないしろモンだわ」
 はしゃぐ女猫達も、燕が現れるとその場所を譲る。何と言っても黒の正妻だ。女猫の間では一番の地位を誇っている。
「焔、ホントに綺麗だわあ」
 涙もろい彼女は再び涙ぐんでいる。婚儀の間も、黒葉の陰で泣いていたのだ。
「剣を、よろしくね。あの子案外甘ったれでしょ? うんと甘やかしてやってよ」
「まかせといてよ、燕」
 焔は明るいものだ。
「剣はたしかに甘ったれるの好きみたいねェ。でも、あたしも甘ったれだからね、お互い様だわ」
 どっと女達が笑い崩れる。
「やーねー、オイシイこと。いいオトコ射止めたンだから、大事にすんのよ」
 赤茶も満面笑みだ。泣く泣く春草にやった娘が剣を連れて本家に戻ってくるというのだ。母親にとっては夢のような話だろう。
「焔」
 そこに剣がやってきた。女達の喝采をあびる。
「花婿さんの登場よ」
「カッコいいよ、剣」
 今日の剣は黒の正装。刺繍をほどこした黒革の上衣は、なるほど剣に良く似合っていた。だが帯は紫。
「ナンか生まれた時から着てたみたいに良く似合うねえ」
 燕も感心してその豪奢な細工を指でなぞる。
「また近くで暮らせるねえ、剣」
 剣は黒の領地、西の林に家を構えたのだ。木の香のする新しい小屋は、既に各家からの祝い物で埋め尽くされていた。
「ああ、いつでも会いに行けるぜ、燕」
 剣は笑った。
「簓の様子も見に来てやってよ。焔も初めての子供だしさ。何かと戸惑うだろうし」
「ふうん、言うことも一人前だ」
 螢も笑った。
「もう、ナンの心配もいらないね」

 焔と剣は連れだってその場を離れた。若猫達に挨拶に行くのだ。その後ろ姿を、羅猛と黒葉は微笑みながら眺めていた。
「頼もしいヤツが増えて良かったじゃネェか、黒葉」
「まあな」
 黒葉も満足そうだ。
「ほーんとは、お前に押しつけようかとも思ってたんだけどよお。お前がいつになってもラチあかネェから……ま、剣なら文句ネェよ。焔も、満足だろ。何より……安心したぜ」
「簓か」
「そーよ」
 黒葉は肩を竦めた。
「他のヤツなら心配しねーけどよ。なんせ剣だ。アイツはいつになっても訳解んねー所あるからな。春水の子供でも平気で育てそうな気がしてさ。妙に仲良かったらしいしよ。でもま、あの目の色だ。巫子の血の、何よりの証明だ」
「そうだな」
「これで、春草の血も完全に消えた訳だ。可南も安泰だな」
「そう言う訳だ」
「春香も殺っちまったし」
「………」
 ふいに黒葉は羅猛を見つめた。ニヤリと笑って低く言った。
「お前が、殺してやれば良かったのによ」
 羅猛は振り返った。黒葉と目が合う。
「せっかく忍んで行きやがったのによあのアマ。何を考えてだかね。最後の晩に。……なんであの時、お前が殺してやらなかったんだよ。わざわざ俺の所に引っ立てて返さなくてもよ」
 やがて羅猛が言った。
「俺は、そこまで親切じゃない」
 黒葉が彼の背を強く叩いた。
「いーか、羅猛。来年の春こそ誰でもイイから嫁さん貰わネェと、可南でイチバン不細工で、性格悪いオンナを、俺が無理矢理押しつけるからな……」


 真白が手を振っていた。
「剣ーっ、こっち」
「よ」
 剣と焔の周りに、花がどっとまき散らされる。それと同時に若猫達が競って剣の背中をどやしつけた。手痛い祝福だ。
「いよっ、手の早い女嫌い」
「劇的なコトしやがって」
「子供の作り方教えろよなー」
 酔っぱらった黒矢が焔を抱きしめる。
「焔ー、良かったなあー。良かったぜえー」
「やっぱコイツ、ジジイになってやがる」
 藍高が後ろで呟く。真白はうっとりと焔と剣を眺めていた。
「二人とも、夢みたいにキレーだなー。絵になるよなあ」
 剣と焔は、ただ笑っていた。何を言われても今日は笑っていることしか出来そうにない。可南の春は今が盛り。新緑と花々に埋もれた山の美しさは、可北のそれにも勝るとも思われた。何よりもここには、若さと生気、生活そのものの活力が満ち溢れている。
 日刺には赤音が、黒矢の側には藍華が、しっかりと付き添っている。今年の秋祭に、彼等は剣と共に成人となる。めぐり来る春にはまた華やかな婚儀が繰り広げられることだろう。
 未来は、明るく確かに、彼等の手の内にあった。これからの可南は、彼等のものだ。
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