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001.  Tower
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 クリーニングビーが苛々するような電子音を立ててボックスに消えてからも、アルネは暫く動けなかった。
 色のないはずの白いシリコン・ファイバーの皮膚が心なしか青ざめて見える。ゆっくりと伸びをしてみたが、立ち上がる気になれない。それもそのはず、もう丸二日眠っていなかった。規則正しい自分の呼吸音を無意識に数えている。1、2、1、2。沈み込むような疲労感。頭の働きが鈍っているのが解る。少し眠るか。それとも何かアッパーでも使うか。

 アルネは顔をしかめた。彼はドラッグが嫌いだった。それは人工臓器と同じくタワーの科学者にのみ許された高級品であったし、彼も必要以上にそれを使うきらいはあったのだが、感情の起伏が苦手な彼には、それは必要ではあっても決して楽しみとはならなかった。眠ればいいのだ。別に急ぐ実験でもないのだから。だけど----。

 アルネは眠るのが嫌いだった。眠ると、なぜ夢を見るのだろう? どんなに疲れ切って眠るようにしても、薬物に頼ってみても、彼の眠りは必ず夢で満たされた。優秀すぎる記憶装置のそれは弊害だろうか。おそらく人は眠っている時には必ず夢を見るものなのだろう。そして必要に応じて消去してしまうのだろうが----。いっそスイッチを切るように、眠るときくらい身体機能を全てストップするように出来ていれば良かったのに。上手くいかないものだ。どうせもう脳髄から毛の一本まで、全て人工化学物質の固まりなんだから----。それでも自分は夢を見るのだ。先の見えない未来の夢ではない。取り戻すことの出来ない、過去の夢だ。
 もう一度伸びをして立ち上がると、アルネはアシッドコントローラーに手を伸ばした。今日の夜にはちゃんと眠ろう、と自分に言い聞かせて。

 音もなく扉が開いた。タワーには似合わない活気を振りまいて、一人の若者がずかずかと入ってくる。浅黒い肌に短く刈り込んだ黒い髪。黒い瞳。ヴィレッジでは最近髪染めやカラーコンタクトが流行っているらしく、金髪以外の髪も決して珍しくはなかったが、彼の漆黒はまがうかたなしの本物。どこから見ても解る生粋のモンゴロイド種だ。尤も現存するモンゴロイドが彼一人になってしまった以上、その種の「典型」の正確な判断はもう誰にも出来なかったのだが。

「アルネ」
 金属の壁にエコーするような声で名前を呼ぶと、彼はまっすぐアシッドコントローラーに歩み寄った。
「薬はだめだ。今日はいーかげんに寝ろ」
「リーガ」
 うんざりしたようにアルネは言う。
「まだ寝たくない。やることがある」
「明日にしな」
 コントローラーを手早くリセットすると、彼はアルネの腕を取って立ち上がらせた。
「『もう』寝なきゃだめだ。その前に何か食え。完全体ったって、油差しときゃいいロボットとは違うんだ……さっさと来い」

 ため息をつくと、素直にリーガに従って、アルネは実験室を出た。並んで立つとその背は十五センチあまりも違うだろうか。アルネの身体は少年体だ。その方がエネルギー効率がいいし、体力仕事でもないので、身体が頑強である必要もない。それでも二年ほど前まではリーガよりアルネの方が背が高かった。リーガはいつも十五になるといきなり背が伸び始める。七代目までも皆そうだった。そして今の八代目----八人目のクローン体も、それと同じ成長経過を辿っていた。もう十九になる。そろそろ身長も伸びきったころだ。

 飽きるほど見慣れたはずのリーガの姿を、アルネはほれぼれと眺めた。人間として完全な健康体。「完全体」という言葉はアルネのようなアリスにではなく、彼のような人間に対して使うべきだ。人工物質を何処にも持たないのに何の欠点も見つからない、完成された身体。頑強でしなやかな筋肉。色合いの良いつややかな皮膚。その血潮も、色こそ同じだが、アルネの身体を流れる酵素運搬化合物とは機能も効率も全く違う。これだけの傑作を自然は何と簡単に作り出していたことか。
 もう二度と再現出来ないかもしれない自然の驚異。

「もうすぐ保育器を出るよ。何人目の君の子供かな、リーガ」
「さあ、……数えたこともないな。歴代千人は超えたかな」
 今やヴィレッジにいる人間の一割近くがリーガの血を引いていることになる。アルネは慎重に、それ以上を占めないようにプログラムを施していた。リーガの精子と、冷凍保存の卵子により作られた「子供」達。彼等は他の人間達よりも若干抵抗力が高く、体躯も良く、寿命も長かった。だが、所詮それだけの話だ。いくら彼等が他より健康体ではあっても、ヴィレッジを「兄弟」で埋め尽くす、という不自然な状態にはしたくなかった。

「千人の男。男、男、男」
 アルネは溜息をついた。
「もう見飽きた。君の顔も、君の子供たちも。なんでみんな男なんだ。メイル。雄態。オス。オス。オスばかり」
「すまなかったね。見飽きてて」
 リーガは天井を見上げた。
「はいはい、皆男だよ。オレもお前も。で、そうやってヒステリーを起こして俺に何をして欲しいんだ? 言ってみな」
「………」
「今日明日解決する問題じゃないのは解り切ってることだろ? 意地になって徹夜を重ねたあげく、人に八つ当たりするのはやめるんだな」

 リーガはいきなりアルネの銀の髪をぐしゃぐしゃと撫でた。身長で追い越すと、彼はいきなりアルネを子供扱いし始める。それも八代目に限った事では無かった。さすがに可笑しくなって、アルネはやっと微笑んだ。身長で追い越したからと言って----実年齢で一体幾つ違うと思っているのだろう。
「まあそんなイライラするなって。ますます眠れなくなるぜ」
「眠れない訳じゃない……。あーあ、せめて黒髪の子供が産まれればなあ。もう金髪なんて見たくもない。本当だったらモンゴロイドの色素遺伝子の方が強いはずなのに。理屈に合わない事ばかりだ」
「遺伝子操作班は?」
 アルネのグチも、この質問への答えも、もう解り切った事の繰り返しだったのだが----でもリーガは、彼の繰り言を聞いてやるのも自分の「仕事」の内だと割り切っていた。
「はかばかしくない。……旧アリスの異端児が、大戦後一人でも生き残ってりゃこんなことにはならなかったのに。奴等にとっちゃ、女一人作るくらい遊びみたいなもんだっただろうよ」
「アルネ一人でも生き残ってよかったのさ。じゃなきゃとっくに人間は滅びてた」
「今のタワーの技術じゃ、旧アリスとはおよびもつかないよ……僕はまだ入りたての下っ端だった。あのころね……せめて遺伝子グループにいればね」


 旧アリス。それは半世紀以上前、「大戦」前にこの世界の科学を一手に担っていた組織の通り名だった。実質上ドームの権力を一手に担い、法さえ立ち入れなかったそこでは、人知の及びもつかない実験が日々繰り広げられていたのだという。科学者達は皆人工の少年体を持ち、永遠に近い生命を手に入れていた。今、タワーで人工体を「アリス」と呼ぶのはその名残だ。

 アルネは旧アリスの唯一の生き残り、その技術の結晶体、現存する唯一の「完全体」だった。今のタワーでは、アルネほどの完璧な人工体を作ることはもう不可能だ。現アリスの寿命は百年そこそこ。他の臓器は幾らでも再現可能だったが、脳がその寿命を迎えてしまうのだ。アルネの今の頭脳となっているプラスチック製の伝導体----老化したそれの修復こそ可能だったが、そもそもの始め、拒否反応をどうやって乗り越え、彼がそれを体に収めたのか。その謎は今のタワーには解けなかった。


 リーガはふいに笑った。彼の感情表現は豊かだ。彼の笑みは暖かい波動を作り、それがアルネの身体にまで入り込んで来るようだった。その波がアルネは好きだった。
「皮肉なもんだな。旧アリスの傑作、猫達は今やアレほどの生命力を誇っているって言うのにな」
「………」
 二人はエレベーターを降りた。最下層にあるダイニングは広い。今やタワーでは百人からの科学者が寝食を共にしている。彼等はヴィレッジの人間達を刺激する事を恐れ、ほとんど外出はしなかった。ヴィレッジとここでは文化程度も、生活レベルも、そして何より寿命の差が大きすぎた。百年ほどのアリスの寿命も、三十年強で死んで行くヴィレッジの住民からはまるで永遠のようにも思われていた。

 二人の姿を認めて、一人の少年が手を振った。金髪を短く刈り込んだ彼はリーガよりは若いだろうか。片耳に十ほどのピアスを並べている。短髪とピアスは今のヴィレッジの流行らしい。
「よお、アルネ。リーガ。お揃いで」
「やあ、イムナ、調子はどう」
「栽培班はいつも絶好調よ。そっちはいつも調子悪そうだなあ。……まあ、座んなよ」
 隣の椅子を示して、イムナはニッと笑った。彼もリーガの「子供」の一人だ。
「それより医療班が困ってたぜ。今年の冬はカゼが多い。予防剤があまりきかなかったみたいでね。もうヴィレッジで十人死んだって。これからも増えそうだってさ」
「そう……」
「またアドラム一派が騒ぐぜ。ヴィレッジは無駄だって。薬物の無駄。資材の無駄。手間暇かかるヴィレッジはタワーのお荷物」
「よく言うよ」
 リーガがあきれ顔で呟いた。
「ヴィレッジ出身のクセに。もう忘れてんだな」
「忘れもするさ」
 イムナは旺盛な食欲を示して、ソースのかかった培養タンパク「ステーキ」をほおばっている。
「アドラムはもう五十か? ヴィレッジ出て四十年近くになるんだ。それにヴィレッジ不要論は今に始まったことじゃないだろ。とりあえず子供はみんなリーガの精子で作るようにして、後の精子は冷凍保存しておけば‥‥それで五歳になった所で優秀なヤツだけ残せばいいってのがあいつ等の持論だよ。『女』が出来るまではさ……。あるいは雄体に受胎能力が出来るまでは。どっちでもいいけど、それまでヴィレッジはいらないんじゃないかって理屈は解らんでもないぜ。一回タワーで集計取ってみると面白いかもな。ヴィレッジ保存派と、除去派と、どっちが多いか」
「君は? イムナ」
「俺? もちろん保存」
 最後に残った培養人参をイムナは旨そうに口に運んだ。
「俺まだこっち来て五年だもん。あっちのことまだ覚えてる。ヴィレッジ好きだよ。活気がある」
「ヴィレッジはなくさないよ」
 静かにアルネが言った。
「ヴィレッジをなくしたらタワーはどうなる? 護るべきものが目前にあるから、タワーの活気が何とかまだ保たれているんだ。アドラムの言うあの無駄がなければ、タワーはただ徒に長生きをする長老者の塔になってしまう」
「アドラムはこうも言ってるぜ……ヴィレッジは広大なアルネの実験場」
 鋭く顔を上げたアルネとイムナの間に入るように、リーガが慌てて言った。
「俺もヴィレッジ好きだなあ。あっちの方がみんな弱くても、生きてる、ってカンジするもんなあ。最近アドラムお気に入りのラバーウェアだって、あっちのハヤリだろうに」
「ハヤリっていえばさ」
 イムナが顔を上げた。
「最近ハンターが増えてるらしいぜ。ヴィレッジで」
「フェンス出るヤツが増えてるってことか」
「そ。ホンモノの肉食うのが流行らしいのね。高値で取引されてるみたい」
「ホンモノの肉、ね」
 アルネが呟いた。
「培養肉とそう味が違うとは思えないけど。元は同じなのに」
「そりゃ違うさ」
 リーガが笑った。
「俺は五歳までは毎日食ってたからなあ。ま、もっともオリジナルの俺は、の話だけど」
「そっかあ……」
イムナがまじまじとリーガを眺める。
「お前、『山岳民族』のたった一人の生き残りなんだよなあ。今でも覚えてんの?」
「そりゃそうだよ。俺にとってはたった十二、三年前のことなんだぜ。……自分が八人目のクローン体なんて、実感ねえもん」

 アルネは黙って彼を見つめた。何十年か毎に、リーガは生まれ変わる。生まれ変わった彼は、山から連れて来られたばかりの、何も知らない五歳の少年だ。その度に彼はパニックに陥り、タワーに馴染むまで二、三年はかかるのが常だった。----それももう、何度となく繰り返されて来た事だ。
「アルネは、何処で見付けたんだ。リーガの事」
 イムナは八代目のリーガしか知らない。彼にとっても、リーガがクローン体である、という実感は薄かった。
「北の山」
「当時はさ、探せばもっといたのかもしれないよな。モンゴロイドの生き残り」
「そうだね。今よりもっとタワーの科学も遅れてたし、そこまで行くのが精いっぱいだったな……」


 アルネは一年だけ遅かった。大戦後の荒れた大地を生き延びた屈強な山岳民族も、その生殖能力は落ちていたらしい。最後に残った一家族にも子供は二人しかいなかった。夫を亡くし、半分気が狂っていた母親が首を吊ってから一年。リーガの幼い妹はその冬を生き延びる事ができなかった。あと一年だけ早くアルネが彼等を見付けていたら----。貴重なモンゴロイドの卵子が手に入ったのだ。それも二人分。リーガ一人では----やはり足りなかった。クローン体を増やしてみても意味はない。欲しいのは遺伝子のバリエーション。今や尽きかけている完全な健康体の持つ遺伝子のバラエティーだ。女。黒髪の女。言葉少なに語るリーガの、母の、妹の想い出話を、タワーの科学者達はどんな気持で聞いたことか。

「あれからも随分探したんだろ」
「フィールドの周りはほぼね。でもそれ以上は無理だ。今あるボートじゃ雪山は越えられない。あれ以上大きな乗り物を作るには材料が足りない」
「フィールドの鉱物は貴重だからなあ」
「もうほとんど掘り尽くしたよ。タワーを守るだけが精一杯。西の……猫の領土にはあまり近づきたくないしね」
「あらゆる周波帯にも未だ応答無し、か。やっぱりニンゲンは死滅してるのかね」
「ひっきりなしに流してるわけでもない。そんなに電力に余裕も無い。今はタワーを維持するのが精いっぱいさ……。あるいはどこかに生き残りがいても、それだけの文化を保っていないということだって考えられる。世界中探せば見つかるかもしれない。それも考えているけどね……。全ての実験をやり尽くして、どうしても雌態を作れないとなったら、タワーを保存する意味もなくなる。そうなったら、でっかいシップでも作って、世界探索の旅にでも出るかな」
「オンナを探して?」
「そう。女を探す旅」
「それも楽しそうだけど」
 イムナは言葉とはうらはらに溜息をついた。
「ヴィレッジじゃ、女は特にいらないんじゃないか、なんて声もあるぜ。今のままで、何故いけない? 冷凍卵子は培養出来る。女の腹から生まれなくたって、人間は人間だ」
「タワーはね、壊れてる……」
 アルネはゆっくりと言った。
「このタワーはね、僕たちが作った物じゃない。過去の遺跡だ。旧アリスの、破壊したシップをなんとか再構築しただけのものだ。壊れて行くんだよ……少しづつ。今の僕らにタワーを再興する技術はない。壊れて行く施設を必要最低限修理するだけで精一杯だ。それだっていつまでもつか。今だって理屈も解らずに恐る恐る動かしてるセクションだってある位だ」
「………」
 アルネはスープの皿に手をつけず、じっとテーブルを見つめていた。
「……多分一度ね、人間は野に帰らなきゃいけないんだよ。フィールドに。そこから新しい人間を、やり直さなくてはならないんだ。そのためには、女が要る。どうしても。タワーもフェンスもなくなっても、人間が地に満ちるためにね」

 甘い炭酸飲料の入ったコップを無言で揺らしていたイムナが、やがて低く呟いた。
「……お前、金種との交配も試してみたんだって?」
 アルネはちら、とイムナの顔を見た。
「誰がそんな事を? ……ああ、試してみたよ。ダメだったけど。あれは既に種として独立しちゃっているんだな」
「それさ、ある意味じゃ失敗して良かったんじゃない? タワーでヴィレッジ除去派が増えてるみたいに、ヴィレッジじゃエドム除去派が管まいてんだぜ。人間を、残すのは解る。でも金種まで、どうして残してやる必要あるのかって。特に自然種と戦争してからはさ。反感高まっちゃって」
「……金種にだって……猫にだって既に女はいないんだ。タワーで生殖をやめたら、すぐに滅んでしまう。どんな生き物であれ、現存種をわざわざ滅ぼす事もないだろう」
 苛々した面持ちでアルネは言った。ヴィレッジから来てまだ日の浅いイムナが、ヴィレッジへの愛情と共に金種に対する反感をも引きずっているのは知っていた。
「その金種から、今年は初めてタワー入りするヤツが出たんだろ」
 リーガが肩をすくめた。
「彼が人間を救ってくれるかもしれないじゃないか。何でそんな風にいがみ合うのか、俺には解らないね。元は同じ人間だろ」
「もう交配すら出来ない、『異種』だろ。同じ人間って言われたって」
「金種は保存する。それはタワーの既定方針だ。……それよりさ」
 アルネは話題を変えた。
「さっきのハンター騒ぎの方が気になるな。フェンスの外に出るのは別に禁じてはいないけど……」
 ヴィレッジを囲む高い壁、フェンスは野に住む動物や、過去の争いで人間の「天敵」と化してしまった猫達から、彼等を守るための囲いだった。今では人間の居住空間は完全にその壁の中に限られていた。
「ああ、度胸あるよな。帰って来ないヤツも若干いるらしい。動物にヤラれたのか、猫にヤラれたのかは知らないけどさ」
「それより、カゼの原因がその肉だったら困るな」
「まさか」
 リーガは笑った。
「生で食べてるんじゃあるまいし。神経質過ぎるんだよアルネは。俺はいっこうに構わないと思うけどね。人間がフェンスを出られるようになるのはいいことだ。アルネの言う、フェンスを出て地に満ちる、の近道じゃないか。そのうち全てのタンパクを自然に供給できるようになればタワーの負荷だって減るぜ。それにナンたって、旨いモン食ってる方が元気になるってもんだ」
「タワーからもお忍びで食いに行ってるヤツがいるらしいぜ」
 舌なめずりをするイムナに、アルネは少し顔をしかめた。
「ヴィレッジの人口はどうとでもなるけど……タワーにカゼ持ち込まれるのはたまらないな。いいよ。栽培班に調査依頼を出そう。そんなに自然タンパクの需要が高いんなら、ヴィレッジで牧畜を始めればいい。ちょっと無駄になるけどな。培養食物の」
「だから」
 リーガが肩を竦めた。
「そういう問題じゃないだろアルネ。人間がフェンスを越えて、自力で戦って食い物を捕るようになった。そこが評価すべき点なんじゃないか。やらせとけよ。いい傾向だろ」
「……まあね、そう考えればね……」
イムナは笑いながら立ち上がった。
「まあ、このお方は」
 アルネの肩を指でつつく。
「既に人間の『保護者』になってるしさ。それに見かけよりかなりご老体だから、心配性でいらっしゃる。せいぜいお前が鍛えなおしてやれよ。あ、お前もご老体ってコトになるのかな」
「失礼な」
 リーガも笑い返した。
「俺はまだ十九だぜ……今の俺は。コイツは五百を越えてんだろ?」
 アルネもつられて笑う。
「確かにもうご老体だよ……解った。あまり犠牲者が増えない限り、放置しておこう。最終的にフェンスが取り外せればそれに越したことはないんだから」
 イムナは手を振って二層の栽培層へと去って行った。リーガも立ち上がる。
「さて、アルネ。お休みの時間だぜ。ちゃんと寝ろ。薬は使うなよ」
「だから眠れないわけじゃないって……」
 リーガに促されて、アルネは中央エレベーターで居住空間へ登っていった。


 夢を見るようになったのは、大戦後だ。これはノスタルジーだろうか? 人工の脳でもそれではノスタルジーを感じるのだ。容量の他は人間のそれと大して変わらないのだから当然の事ではあったのだが、それでも自分が人工体で、すでに「生物」では無いことを、アルネは忘れたことがなかった。大戦前の美しい世界----その時は美しいと思ったことはあまりなかったのだが、豊かな身体を持つ女達がいただけで、それは充分に美しかったのだ。そんな過去の夢を見ることは、今のアルネにとってあまり嬉しいことではなかった。
「リーガ」
「何?」
「さっきは……その。すまなかった。君に、ひどいことを言った」
 リーガは笑って、再びアルネの髪をかきまわした。
「良い夢でも、見るんだな」

 リーガに見送られるようにして、アルネは最上階の自室へと入って行った。遮光ガラスを通して、ヴィレッジの様子が眼下に一望出来る。規則正しく並んだ灰色の家々から夕食の準備をする煙が立ちのぼる。石畳の上では子供達が遊ぶ。そこにあるように見える生活の頼りなさ。すでに自然から離れた生殖にのみ支えられた、か弱い生き物達----滅びへと向かう彼等の歩みは、もう止められないのだろうか?
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