<第二章> home  2章index
002.  Village
←back next→
 モルグでは、ドラッグが横行していた。
 おそらくタワーの誰かが横流ししているのだろう。ドラッグ、とヴィレッジの住民はたいそうに呼んでいたが、実際は吸引性のソフトな物ばかり。それでもアルコールでさえ本来違法なここでは、必要以上に秘密めいたやりとりで、目の飛び出るような値段で取り引きされているらしい。アルネが見たら目を回すだろうな、とリーガはほくそえんだ。

 リーガは頻繁にヴィレッジに「降りて」来る数少ない科学者の一人だった。科学者とは言っても五十年そこそこのリーガの寿命では、そしておそらく遺伝子的にそう優秀ではない彼の頭脳では----他の選ばれたアリス達程の活躍が出来る訳ではなかった。表だってはアルネの助手、そして実質タワーの「生ける精子供給人」。そんな半端な役割を、彼は生まれながらに、歴代のクローンが引き継いで来たままに、暗黙の了解としてもうずっと担って来たのだった。ずっと、とは言っても現在の記憶が一人分しか無い以上、過去の自分に関しての実感は薄かったが。

 しかし、歴代きちんと----八代目までずっと、結局そんな役割を律儀に果たして来たということは、自分は案外素直な性格なのだろう、とリーガは一人ごちた。あるいは一人位グレて、フィールドへ「家出」したヤツでもいただろうか? もしいたとしても、タワーにとっては大した問題ではなかったろう。再び新たなクローンを再生すればいいだけの話なのだし----。だが、結局今自分がアルネの側にいるように、歴代の自分も、おそらくはあの塔の中で生き死にを繰り返して来たのだろう。そしてたまにこんな風にヴィレッジを訪れ、気張らしでもしていたのか? そのたびにこんな事を思いめぐらして----。


 タワーではあまり酒は飲めない。無いわけではないが、あまり手に取る者がいない。科学者達は酒よりも薬物、特に覚醒作用がある物を好んで用いた。酒は神経を鈍らすだけで彼等にとっては何の利点も無い。表向きはアルコールが禁止されているはずのヴィレッジに、かえって酒が溢れ返っているのは皮肉なことだった。

 ヴィレッジの違法店が集まった一角、モルグで飲む質の悪い酒がリーガは嫌いではなかった。酒の質云々よりも、モルグの騒々しさの中で飲む酒が好きだった。ここにはタワーの連中が「無駄」と呼ぶうるおいの時間があった。熱気と興奮と荒廃。たとえ多少のアルコールやドラッグが出回っても、この程度の荒廃は「人間社会」にはつきものなのだろうと思う。あまり程度を過ぎないうちはタワーに報告するつもりはなかった。

 ヴィレッジの道はでこぼこの石畳。周囲の家々も石を漆喰かアスファルトで固めたもの。金属は貴重で、ヴィレッジの建築にまで用いる余裕は無かった。建築用の柔らかい石を掘るのでさえ、発掘用ロボットがものものしい警備付きで北の山まで出かけて行くのだ。フェンスの北側には「猫」はいないことは解っていたが、それでもフィールドの巨大な肉食獣の犠牲になった人間が何人もいた。アドラム一派の理屈も理解できないことはない。確かにヴィレッジは、上辺だけはそこに立派に自立する「町」のように見えるが、実際はタワーの科学力が無くては一日たりとも存続し得ない弱々しい存在だった。

 木の扉を開けて、リーガは薄暗い店に入って行った。看板は無い。酒を売る店は表向きは違法だ。酒に関してはタワーもアルネも寛大ではあったが、ただでさえ弱い人間の健康をそこねかねない物は、一応全て違法、ということにしてあった。

「ねえ、あんたさ」
 腰をかけるなり、一人の少年が待ちかまえていたかのように彼の横に座った。リーガは顔を上げた。年の頃十二、三だろうか。流行の緑の髪に、右耳にピアス。蒼いピアスは、彼がストレートだという証だ。セックスに生殖の意味が無くなったこの社会では、娯楽としてのそれをたしなまない者達をそう呼んでいた。禁欲を誇りとしてそれをピアスの色で表現するようになったのも、最近の若者の流行らしい。
「あんたさ……タワーの人だろ」
 リーガは一瞬返事に窮した。別にヴィレッジに来て自分の素性を隠しているつもりはなかったが----最近はファッションで黒い髪、黒い目をしている若者も多い。肌を浅黒く染めているものまでいた。それは元をただせば完全な健康体としてのリーガへの憧憬から始まったことなのだろうが、それでも目立たなくなったことを多少喜んでもいたのだ。

「リーガ、だろ」
「そう」
 小さく答えた。ヴィレッジの若者と話すのは嫌いではなかった。
「解るモンなのかな。やっぱり」
「解るさあ」
 少年は多少興奮気味だ。
「染めた肌とホンモノの区別くらい付くさ。それにあんたみたいに背の高いヤツ、ヴィレッジにいないぜ……あんたさ」
 秘密らしく、顔を寄せてくる。嫌味のない馴れ馴れしさにリーガは微笑んだ。
「ここに良く来てるだろ。噂になってるよ」
「そっかあ」
 リーガは頭をかいた。
「ウワサにね。そんなご大層なモンじゃないけどね」
「ご大層なモンだよ! 何てったって、『タワーのリーガ』だぜ。スクールじゃ伝説みたくなってる。……ここに来ればさ、会えるかもしれないって思ってた」
「へえ、スクールでね」
 この年でスクールに行っていると言うことは、彼はプライマリーでかなり優秀だったのだろう。それでなければとうにタワー入りを諦めて、それなりの仕事についている筈だ。あるいはタワーの配給で無駄飯を食っているか。それにしても、ジュニアに通っているエリート少年がモルグに出入りしていること自体珍しい。
「優秀なんだな」
「それほどでもないけど」
 彼は少し照れたようだった。
「本当に優秀だったら、プライマリー出たとこでもうタワー入りしてるしね。でも俺、ジュニアではかなりいい線いってんだぜ。十四になったら絶対タワー行くつもり」
 毎年「生まれる」50人前後の子供達の中で、ジュニアにまで行って英才教育を受けているのは一人か二人のはずだ。彼がタワー入りする可能性はかなり高いだろう。

 ヴィレッジの人口は常に千五百人前後に調整されている。それがタワーの養育できる限界だった。だが彼等が自分で食物を調達出来るようになれば、その限界はいくらでも越えられるはずだった。ただ、生殖、という制限がなければ、人間はもっと早く再び地に満ちていても良かったのだ。

「ジュニア行ってるだけで充分優秀さ。君は確かにいい線いってんだよ。名前は?」
「ミルカ。ねえ、一杯おごらせてよ。いいだろ」
 ジュニアまで行っている子供の里親は、多少優遇されているはずだ。貧しい暮らしをしている筈はないだろう。
「有り難くいただくよ」
「あんた話解るんだね。タワーの人がほんとにモルグに出入りしてるなんて思わなかったよ」
「なんで」
 リーガは笑った。
「俺、酒好きだぜ。旨いじゃん。タワーには美味い酒がない」
「タワーの方がもっとウマいもんあるだろ。ハードドラッグも出回ってるって言うしさ。みんな自然肉食ってるってホント?」
「まさか」
 リーガは吹き出した。
「あそこで培養タンパクと培養野菜以外の食いモンは見たことないよ。ヘッドがそーゆーとこ厳しいからさ」
「ヘッドって、アルネだろ。アルネって、年取らないってほんとなのかな。大戦前からの生き残りだって……。完全体の『アリス』なんだろ」
「多分ね」
 リーガは用心深く言った。
「俺もタワー入ったらアリスになるんだ。百年も生きたら面白いだろうな」
「面白い、ねえ」

 リーガはあらためて目の前の少年を見つめた。このままでは寿命は限られてはいるのだろうが----。生きた人間の健康的な皮膚が上気している。キラキラと野心に輝く瞳も、タワーの中ではもうあまり見ることの出来ないものだ。ヴィレッジよりもタワーの生活の方が面白いだろうとはとてもリーガには思えなかったが、それを今彼に説明しても仕方のないことだろう。

「あるいは、そうかもな」
 ふいに自分がひどく老人のような気がして、彼は苦笑した。
「最近流行ってんのか? 緑の髪」
「そうでもないよ。最近は赤が増えて来てる。俺はちょっと気持ち悪くてさ。そこまではできないけど。でも、みんな同じような顔してるからなあ。何かヒトと変えたいんだろ。紫とか、七色にしてるヤツまでいるぜ。ジュニアじゃ」
 十人の「母親」と、リーガの他に厳選された二十人の「父親」から成り立つ村だ。同じような顔になるのも無理はない。ふと、この子は自分の子かもしれないな、とリーガは思った。一代前の、自分の知らない自分の。あるいはその冷凍保存された精子の。

「アンタ、フェンスの外にもよく出るってウワサじゃん」
「そこまで言われてんの? 参ったな」
 フェンスを守るガードはヴィレッジ居住者だ。只でさえ目立つリーガの出入りが多少噂になるのは仕方のないことではあったが。
「タワーに入ったら、言わないでくれよな」
「なんでえ? 別に違法じゃないだろ。タワーじゃダメなの?」
「別にそーゆー訳じゃないんだけどさ。いやがるヤツが若干いるんだよ」
「アルネ?」
「いや。彼は平気。タワーにも色々あってね……まあ、入りゃ解るよ」
 確かに、タワー入りすれば‥‥ミルカにも嫌でもすぐに解るだろう。穏健派と、タワー以外の世界を排除したがる急進派の、穏やかではあるが確かにある対立に、彼もやがて巻き込まれることだろう。
「外でさ。自然種に会ったコト、ある?」
「いや」
 会ったことは無かった。リーガが知っているのは、数十年前に猫と戦った人間達が残したデータバンクの中の「自然種」のみだった。他の人間達も、それは変わらないはずだった。
「自然種って金種よりデカイらしいよね。やっぱ二本足で歩くのかな」
 リーガは微笑んだ。ミルカにとっても、自然種の猫はジャガーなどの危険きわまりない動物と大差ないのだ。
「金種と自然種は、ほとんど変わらないみたいだよ。人間ともね。服も着ているし、武器も使う。言葉もそんなに変わらないらしいよ」
「へえ……」
ミルカは不信げにつぶやいた。
「ナンかあんまり想像できないな。だって、メスから生まれるんだろ。それってすげえ原始的。動物じゃん。それで言葉話すって?」
「……メスから生まれないってことの方がね」
 リーガは身振りで二人分の酒の追加を頼んだ。
「本当は野蛮なんだと思うよ。俺はね」

 ミルカは言葉に詰まった。これが「タワー流」の考え方なのだろうか? 彼自身は、多くのヴィレッジの住民達と同様、女のいない社会に別段不満を感じてはいない。卵子は「培養」すればいくらでも増える、ということはヴィレッジでも既に常識として知れ渡っている。それならば何を恐れることがあるというのだろう?

「最近ハンターが増えてるって?」
 黙り込んだミルカにリーガが話しかけた。
「ああ」
 ミルカは顔を上げた。
「増えてるったって、ほとんど金種が金儲けにやってるんだぜ。みんなエドムまで自然肉買いに行くんだ」
「ああ……ナンだ、そういうコトか」
「あいつらナンだかんだ、人間より大きいモン。寿命も長いしさ」
 ミルカは眉をひそめた。それは人間が金種の名前を口に出す時には必ず見せる表情だ。特に数十年前、自然種との間に小さな争いがあってからはそれが顕著になった、とアルネは言っていた。こんなに狭い世界でさえ存在する、いや、おそらく狭いからこそ避けられない、金種と人間とのいがみ合い。それは彼等の寿命の違いにも原因があるのだろう。二つの種族の寿命は、平均すれば十年ほどは明らかに差があったのだから。

 リーガの顔を見上げて、ミルカは再び笑顔になった。
「……でもそれでさ、随分肉の値段も下がってるンだぜ。俺も何回か食べたよ。あれ、旨いよね」
「俺もそう思う」
 リーガも笑った。
「やっぱり培養タンパクとは違うよなア」
「でもタワーに入ったら食えなくなんのかな」
「心配することないよ。コッチに食べにくりゃいいのさ。別に二度と戻ってこれない訳じゃないんだぜ」
「でもあんまり見ないよ。ヴィレッジで、アリスなんて」
「別にタワーの全員がアリスなわけじゃない。それに初期のアリスなら……皮膚とっかえる前なら、まず見分けはつかないさ。発掘用のロボットとは訳が違う」
「ふーん、そういうモンかね」
 ミルカは面白くなさそうに言った。彼はむしろ、全身硬化プラスチックで出来た発掘用ロボットになりたがってでもいるようだった。

 リーガは腕の時計を見た。そろそろ帰らなければ。夜もかなりふけて来ている。尤も皆が好き勝手な時間に研究にいそしむタワーでは、時間の感覚そのものが不確かになってはいる。だが彼がいなければアルネが満足に食事をとろうとしないことは解っていた。最近のアルネはきっと----全てに飽き飽きしているのだ。もしかしたら、自らを生かし続けることにさえ。この、エリートにしては少し風変わりな少年がタワー入りしたら、キラキラと輝くその瞳を失わない内にアルネの側につけてみようか、ともリーガは考えていた。
「俺はそろそろ帰んなきゃ。君もだろ。明日スクールあるだろ」
「ああ……」
 ミルカはまだ名残惜しそうだった。リーガは僅かに酒の残ったグラスを手に取った。


 店の外から激しい叫び声と物音がしたのはそんな時だった。
 慌てて立ち上がったリーガの腕を後ろからミルカがつかんだ。
「心配しないでいいよ……この所しょっちゅうだから」
「しょっちゅう? 喧嘩か?」
「どうせ金種だよ。最近良くエドムから出て来やがるから」
 吐き捨てるように言うミルカにリーガは思わず顔をしかめた。
「出てきやがるって……おい、別に金種がエドムから出るのは禁じられていないはずだぞ」
「なんで。金種にはエドムがあるじゃん。あいつらはあそこでおとなしくしてればいいじゃんか。なんでヴィレッジまで出て来るんだよ。邪魔臭いぜ。んで、モルグでは最近金種ハンターなんてのも出てる訳よ」
「金種……ハンター!?」
 ミルカはにやっと笑った。
「別にハンターったって単に追い返すだけだよ……モチロン殺したりなんかしないさ。その位いいだろ?」
 人間に、金種を殺すことなんて出来るものか……逆に殺されるのがオチだ。
 リーガは黙って立ち上がった。

 外に出ると、騒ぎは既に一段落していた。金種の姿はどこにもなく、何人かの男たちが道端で声高に話しながら酒をあおっている。ヴィレッジとエドム、人間と金種の対立は思っていたより深刻化しているようだ。ヴィレッジでエドム排斥運動が起こっているとイムナも言っていたっけ----。
 金種はいつまで黙って耐えているだろうか。
 こんな小さな世界で、内乱でも起きたら----。
 フェンスの中は、既に狭すぎた。そびえ立つタワーを見上げ、リーガは深くため息をついた。
home  2章index ←back next→