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004.  Revival
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「血圧は?」
「……上昇中。ほぼ平常」
 リーガはほっとして息をついた。
「良かった。かなり状態が悪かったからな。もうダメかと思った」
 アルネはそう安堵した様子でもない。
「それにしても、自然種を連れ帰って来るなんて……。誰かに見られなかった?」
「多分ね。でもどっちみち、時間の問題だろうなあ。バレんのも。回復にしばらくはかかるだろうし。明日になればタワー中の噂になるだろ」
「気楽に言うよ」
 アルネは大きく息を吐いた。
「もしヴィレッジに漏れたら、どうなると?」
「どこがいけないんだ? 猫助けて。元は同じ人間だろ」
「そう簡単にはいかないって自分でも解ってるだろ。対処法はしっかり考えてあるんだろうな。タワーの連中だって……。金種ならともかく、自然種だ」
「だから」
 リーガは笑った。
「なんでもないって顔してりゃいいのさ。あいつらは実際に自然種見たこともないんだぜ。金種と色が違うだけじゃないか。俺とだって……どこが変わるっていうんだよ。綺麗なモンゴロイドそのものじゃないか。彼を見りゃ、あいつらの考え方も多少変わるさ」

 やっと呼吸を始めた猫を、アルネも改めてじっと見つめた。長い黒髪は綺麗に手入れされている。鼻筋の通った掘りの深い顔は、確かにリーガに近い。耳の変形さえなければ、目を閉じた彼はリーガの兄弟と言っても充分通用しただろう。そしてその健康な、力に溢れた肢体……目の前の問題も忘れてアルネはしばらく見ほれていた。
「確かに、ね」
 彼は低く言った。
「彼等は、今の世界に完璧に順応してるんだな。大戦後のフィールドをどうやって生き延びたものか……。ものすごい生命力だな」

 猫の瞼が僅かに動いた。目覚めかけているらしい。蘇生は確かに成功したのだ。医療班の助けなしで、かなり危ない橋を渡ったのではあったが。
「もう目が覚める。本当にたいした体力だね。……僕はいない方がいいな。いきなりアリス見たんじゃ彼も余計にパニックするだろ。あとは頼むよ、リーガ」
「解った」
 アルネが部屋を出ていった後も、リーガは彼を見つめていた。自分以外の黒髪を見るのは本当に久しぶりだった。それは妙に目に心地よく、心ゆくまで眺めていたい気持ちがあって、彼は立ったまま、その姿をずっと見おろしていた。猫が、目を開くまで。

「……クロザト……?」
 その猫が始めに発した言葉の意味が解らず----果たして本当に言葉が通じるのかと、リーガは若干不安になった。ともかく傷つける意志が無いことだけは、早急に伝えたかった。
「……やあ」
 リーガは微笑んだ。内心の焦りを見抜かれないように祈りながら。
「目が覚めた?」
 猫は、今やはっきりと覚醒したようだった。目を開いて、じっとリーガの事を見つめている。その細い虹彩。金種よりもなお鋭い、黒い三日月。

 さっき自分が、人間とほとんど変わらない、と言ったことは明らかな間違いだった、とリーガは急激に悟った。これは、明らかに自分たちとは異質な生き物なのだ。少なくとも、その外見は。
「言ってること、解る?」
 不安をかきたてる沈黙の後、黒髪の猫は、やがて小さく頷いた。
「……俺は、リーガ。君が怪我をしていたので、ここに運んで治療した」
 猫は黙ったまま、リーガの顔を穴のあくほど見つめている。
「君を傷つける気はないよ。閉じこめるつもりもない。ただ、怪我を治してあげたかっただけ」
 猫の瞳が動いた。部屋をそっと眺め渡している。リーガは低く聞いた。
「君の、名前は?」
「……ツルギ」
 思いもよらぬ明瞭な返事が帰ってきた。
 静かな彼の態度に、逆にリーガの方が動揺していた。暴れ回ることはまだ無理にせよ、相当なパニック状態に陥るだろうことは覚悟していたのだが----まだ完全には覚醒していないのだろうか?

 再びの短い沈黙の後、猫が口を開いた。ゆっくりと、だがしっかりとした声で言う。
「アンタは、人間だ」
「そう。人間だよ」
 自分を、相手を、落ち着かせようとリーガは微笑んだ。それでは、彼は完全に目覚めている。今の状況もある程度は掴んでいるのだろう。思ったほど----自然種は原始回帰しているものでもないらしい。彼らには立派に知性も、判断力もあるのだ。それが解ってきてリーガは嬉しかった。この猫と言葉を交わせることが。
「……でも、髪が黒い。……目も」
「僕は特別。他の奴等はみんな違うよ。金髪ばかり……でも、良く知ってるね」
「………」
 猫の細い虹彩に自分の姿が映っているのを、リーガは不思議な気持ちで眺めていた。
「さっきも言ったけど、君を傷つけるつもりはないよ。怪我が治ったら、君は自分の住む場所に帰ればいい。君と会った所まで送ってあげる」
「………」
 やがてゆっくりと、猫はその腕を動かした。手を自分の目の前に運び、指を動かしてみる。
「……もう動けるね? 怪我はもう手当してある。でも、ちょっと無理矢理治したんでね。立つのは明日までは無理だろう。体力の回復にはしばらくかかる。それまでは、とりあえず、食べて、眠ることだよ」
 ツルギ、と名乗るその猫はしばしリーガを見つめ、やがて素直に目を閉じた。蘇生が済んだばかりだ。おそらくそれだけの会話で体力を使い果たしてのことだろう。

 やがて寝息が規則正しくなったのを確認して、リーガはアルネを呼び入れた。
「……どうだった?」
「どうも何も。落ちついたものだったよ。まだ意識がはっきりしてなかったのかもしれないけど……でも俺が人間だ、ってことは解ってたみたい。言葉もちゃんと理解する。俺たちが思っていた以上に彼らは……人間に近いんだな」
「そう……」
「とりあえずさ、俺の部屋に移すよ。こんな機械だらけの部屋より、彼も落ちつくだろ。体力回復するまでは、付きっきりで面倒見てやんなきゃな」
「そうだね……」
 リーガは心なしかはしゃいでいるようだった。猫の寝姿をじっとみつめていたアルネは、やがてリーガを振り返った。
「名前、訊いた?」
「ああ」
「何だって?」
 リーガは微笑んだ。
「いい名前だよ……ツルギ」
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