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V.  栄光
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 喝采に応えて、剣は大きく手を振った。
 十八になったばかりの若猫が、族長を弓比べで破ったのだ。羅猛が成人して以来一度も手放さなかった栄冠を黒葉より早く奪い取ったこの若猫に、誰もが賞賛を惜しまなかった。可南は熱狂に包まれていた。

「ったく、可愛げのない野郎だぜ」
 その言葉とは裏腹に、羅猛はどこかしら嬉しそうだ。
「族長相手の決勝によ。少しはビビって見せたらどうなんだよ」
 満面の笑みを浮かべて、剣は彼から金飾りのついた小さな弓を受け取った。名誉ある勝者の証を、頭上高く掲げてみせる。再び広場が沸いた。舞台下から夫を見つめていた焔も、再び誇らしげに笑い声をあげる。腕の中では二人の息子が活発に動き回っている。もう一歳になる、恍(コウ)と燐(リン)だ。猫の家に双子は非常に珍しい。子供好きの真白が指で二人の赤子をあやしながら、今さらのように感心して呟いている。
「やっぱり巫子家は双子の家系なんだナァ。……効率がいいって言うかさあ。あんまり似てない兄弟って所まで、誰かさん達を思い出すよな」

 母親譲りの赤い目を持つ恍を、剣は密かにひいきにしているらしかった。そして剣に似たつり上がった黒の目を持つ燐は、叔母の燕のお気に入りだった。焔は母親として当然二人の息子を比べようもなく、同じように溺愛していた。そして祖父にあたる----まだ三十六にしかならぬ本人はこの言葉を決して喜びはしなかったが----黒葉が何より喜んだことには、二人とも黒の息子らしく、漆黒の髪を持っていた。焔は若い女猫達にぐるりと取り囲まれ、憧れと羨みの混じった祝福を受けていた。夫の勝利は妻の勝利、夫の名誉は妻の名誉でもあった。未婚の女たちの誰もが、焔のように強い夫を持ち、かわいい子供たちに恵まれたいものだと、切望してやまなかった。

 そのころ、当の剣は既に日刺と連れだって、見逃せない細剣の決勝を見物していた。さすがにここでは剣も準決勝にさえ勝ち残れず、舞台下から眺めるだけであった。
「しっかし、やりやがったよなあ、オメエ」
 もう技比べは終わったとばかりに火酒をあおりながら、日刺が悔しそうな大声をあげている。
「俺達ン中で、誰が始めに技比べを制するかって思ってたけどよ、やっぱオメエかよ」
「ま、弓は体力勝負じゃネェからな。その分おトクなのさ。今回は、弓も良かったしな」

 勝者の謙遜は余裕綽綽だ。だが、半分は本当であったかもしれない。双子の息子の誕生祝いに黒矢から貰った弓はなかなかの名品であり、剣の愛用の品となっていた。黒矢の作った質の高い弓が使えるのも、黒入りした猫ならではの特権だ。日刺は辺りを見回した。
「黒矢のヤツどこ行ったかな……細剣の決勝も見ねェでよ。どっかでクサってんな……あいつさんざんボヤイてたぜ。オメエにあンないい弓くれてやるんじゃなかったって」
 剣は笑った。
「あいつ、口の割には気がイイんだよナァ。焔と結婚した時も随分喜んでくれたけど、恍と燐が生まれた時なんて半狂乱でさ。もーナンでも持ってけ、なんて」
「それに乗じて一番いい弓をかっさらったってわけだな。オメエはよ」
「ヒト聞きの悪い。アイツがハイどーぞ、ってくれたんだぜ」
 くっくっく、と思わず日刺は笑いをもらした。組み手で健闘し、族長から特別に「お褒めの言葉」を貰った日刺も、今日は決して不機嫌ではなかったのだ。
「あいつ、妙にジジイな所あるからな。子供好きだし。黒ん所は今オメエん家の双子に夢中だもンなあ。燕とかもさ」
「まね。お陰で毎日色んなモン貰っちまってね。双子の着るもんと食べもんには不自由しないね。俺たち夫婦までお相伴にあずかれるってなもんでね」
「……なあ、今気がついたんだが」
 ふと、日刺が首をかしげた。
「なんだ?」
「黒葉は、双子のジーサンにあたるんだろ?」
「そりゃま、そうだ?」
「……ってことは、燕はバーサンか?」
「……お前な、命が惜しけりゃ言うな。誰もが避ける話題なんだぞ。燕はな、叔母さんだよ叔母さん。俺の姉貴。解った?」
「………」

 舞台では黒葉が悔しそうに細剣をとり落とした所だ。組み手で黒葉、細剣で羅猛。弓を除いては、例年の秋祭と順位の変動はなかったようだ。大剣は祭りの度に一位二位が変動したが、今年は羅猛が黒葉を制し、負けず嫌いの黒葉をここでも大いに悔しがらせていた。


 技比べが終われば篝火が準備され、夕刻からは無礼講の祭りとなる。舞台上の的やら壊れた武器やら血の跡やらは既に綺麗に片付けられ、舞踏披露の準備が始まっていた。見守る日刺は大げさに顔をしかめた。可南の猫となった彼は赤の一員として舞台に上がる義務があるにもかかわらず、踊りを大の苦手としていた。上手い下手云々よりも、それは彼の性格上のものだったらしい。祭りのたびに妻の赤音になだめすかされ、おだて上げられ、やっとのことで舞台にあがるのだった。

 巫子村育ちの剣は舞が嫌いではなく、むしろ得意ともしていた。巫子村の者は若いうちから巫子舞いに狩り出されるので、舞台慣れしているというのもあった。そもそも猫は生来踊りや歌が好きで、舞が嫌いな日刺の方が可南では珍しい存在であった。舞台のあちらこちらに小さな明かりが灯され始めるのを、剣はわくわくと眺めていた。黒の一員である彼はこの舞台に今日一番に上がるのだ。族長と、黒達と共に、祭り一番の狩りの舞を披露するのは、何度経験しても心浮き立つものであった。

「ここで……神卸がないと、やっぱ気が抜けるよナァ」
 それはもう祭りの度の決まり文句ではあったが、日刺が改めてぼやく。
「早く簓がデカくなってよ。巫子やってほしいよな。まだ三つかい?」
「……ああ、三つになったよ。季節外れだから……秋数えでやっと三つだけどな」
 剣は立ち上がり、振り返ると、妻と息子達に手を振った。そのまま彼等の方へ歩いて行く。弓比べが終わり、そのまま細剣の決勝を見物していたので、まだ焔達の元へ帰っていない。舞台舞の始まる前に金の弓を妻と息子達に見せてやるつもりだった。


 舞踏披露も終わり、既に篝火は広場の中央に移されていた。ここからは、全ての猫が祭りの主役だ。未だ若き族長も、双子を真白に預けた焔に誘われ、さすがに今日の英雄の妻の誘いは断らず踊りの輪に加わっていた。
「黒葉」
「おっ帰りィ。楽しかったかい?」
 一杯機嫌の黒葉の肩を、羅猛はどやしつけた。
「おい、お前ジーサンになって酒弱くなったんじゃねえか? ……それよりよ、おい、話がある」
 黒葉が渡した酒の器を手に取って、族長はその傍らに腰を下ろした。
「祭りが終わったら、建師を集めてくれ」
「何すんだ」
「俺の家をな。デカくするんだよ」
「へえ」
 黒葉は羅猛の顔を見た。
「そりゃ、いいコトだ。だいたいお前は質素すぎンだよ。もっと早くからそーすりゃ良かったのによ……何を今更……ふん?」
 横目で、羅猛と目が合った。
「……ああ、解った。せいぜい豪奢なの建てるように言っとくぜ。広いヤツをな」
「ああ、そう頼む」
 ニヤリ、と羅猛は笑った。
「何たって、大所帯になるからな……」


「ほら、ダンナ。こんなすみっこでフサいでないで。お酒でもいかが?」
「あー、なんだよ藍高かよ……」
 一人で切り株に腰を下ろしていた黒矢は、じろり、と険悪な目を藍高に向けた。夫の不機嫌に愛想を尽かせた彼の妻は、さっさと一人で踊りに行ってしまったのだ。
「まー、ムクれちゃって。カアイラシイこと」
「……べーつに、ムクれてなんかねーよ」
 弓比べで五位までの入賞さえ果たせなかった事を、黒矢は一人悔しがっていたのだ。
「まあまあ、いーじゃありませんか。技比べなんて年に四回、これから飽きるほどヤルんだぜ。そのうち勝てるさ。そのうち」
「……おめーはいいよ。細剣で賞もらってよ」
 既に酔いが回っているらしい黒矢は、ぶつぶつと愚痴がましく言う。どうやらこの三男、黒にしてはかなり酒に弱い方であるらしい。
「あのな、黒矢。俺、お前よりトシ上なの。体もデカいの。知らなかった?」
「あーあ。どーせオレは背もちーせーよ」
 黒矢はごろりと地面に横になった。
「藍華もツメたいぜー。俺の話もロクに聞いてくれないんだぜえ。さっさと踊り行っちまってよ。一つ説教でもしてやってくれよ、ダンナをおろそかにすんなってよ。おめーの妹だろー」

 藍高は思わず笑った。兄達に溺愛されて育ったせいか、黒矢は幾つになっても「甘ったれ」であり、またその甘え上手な所が猫達に、特に年上の女猫達から愛されているようでもあった。藍華も、黒矢のそんな「かわいい」所が実は気に入っているに違いなかった。
「あのな〜、俺だって剣にゃ弓で負けたんだぜ? 弓が悪かっただどうした、そんな下らネェことでいつまでもグタグタ言ってっから、奥サマにも愛想つかされるんだぜ。酔いつぶれてんじゃねーよ。だれてんなァ」
「酔ってねえよ! それに技比べの話が下らねえってのかよ……」
 まだぶつぶつと呟いてはいたが、さすがの黒矢もその情けなさに気付いたらしく、やがて起きあがり切り株に座り直した。
「ま、いいや。次は見てろってコトだ。今度は入賞なんてセコいこと言わネェで、剣やっつけて優勝してやるぜ」
 藍高はくすり、と笑った。
「剣やっつけたからって優勝出来るとは限らねェけどな……。ま、帰ったら藍華に一発そう言ってやんな。女にゃグチってるより大ボラ吹いてる方がまだ受けがいいぜ」
 黒矢は彼を睨んだ。
「お前、励ましてンのか、水差してンのかよ……。だいたい、一人モンに女の扱い教えてもらいたくねえェぜ。お前もさっさとケッコンしな」
「そう来たかい」
 藍高は面倒臭そうに肩をすくめた。
「そーだなー。まだめんどくせえなァ。俺はもうチョット遊ぶかな」
「……まあ、それもいいかも知れネェなあ……」
 黒矢はそう言った。そして大きく溜息をついた。


「剣」
 羅猛の周りには、祭りの中盤いつもそうであるように、可南の若猫、権力者達が群れ集い輪になっていた。その中央から彼を呼ぶ声がして、剣は振り返った。剣が輪の中に入ろうとすると、すぐに彼らは路を開けた。今日の英雄に礼儀を尽くし迎え入れようという態度である。やがて剣と羅猛を中央に囲む形で、再び猫達の輪が出来た。
 羅猛は剣にニヤリと笑いかけた。
「見事だったなア、今日は。してやられたぜ」
 誇らしさと若干の照れで、剣は顔を赤らめた。
「……ありがとう」
「祭りが終わったら、引っ越しの準備をしておけ。家族ごと」
「え?」
 話の展開が読めず不審気に立ちすくむ剣に、羅猛は一方的に言い放った。
「冬から、お前は俺の家に来い。頂に住むんだ」
 可南の熱狂は、今、その最高潮を迎えた。
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