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VII.  頂
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「来ると思ってたぜ。入れよ」
 まだ朝も早かった。秋祭の翌日の朝は、実質的には祭りの続きのようなものだ。羅猛は黒の次兄、黒里と寝ずに飲んでいたようだった。剣は眠れなかった。まだ薄暗い可南の頂に明りが残っているのが見え、ここまで登ってきたのであった。
「酒は勝手にやりな」
 剣は火酒を器に注いだ。成人してからは彼も甘い酒よりこの木の香がする強い酒を好むようになっていた。
「羅猛」
「始めに言っとくがな。断りは訊かねえぜ」
 黒里が立ち上がった。
「俺は、ソロソロ帰るかな。……まア、またな剣」
 ぽんぽん、と剣の肩を叩き、黒里は頂の小屋を出た。後には、族長と剣が残された。

 無言のまま黒里の退出を見つめていた剣は、だが、やがて口を開いた。
「俺には、無理だ」
「何が無理なんだ? 俺と一緒には住めネェって?」
「はぐらかすなよ」
 剣は言った。
「俺を次に、ってコトなんだろ」
「ああ」
「何で」
 羅猛は笑った。
「お前が相手だと、話が早くていい」
「………」
「何で、無理なんだ? お前、本当に自分には無理だと思ってんのか。それとも、イヤなのかよ。どっちだ」
 剣は考えた。
「どっちかって言うと、イヤだ」
「何で」
 再び考えて、剣は正直に答えた。
「……メンドくさい」
 羅猛は笑った。
「ああ、これは確かは面倒くさいシゴトだよ。俺もそう思ってるぜ。そう思わないヤツも多いみたいだけどな……でも、誰かがやらなきゃいけねえシゴトでもある。だから、お前がやれ」
「……羅猛、めちゃくちゃだぜ、それ……」

 羅猛は立ち上がった。彼は相変わらずその定位置、暖炉の前に座り込んでいたのだ。今日は矢尻の替わりに酒の杯を持ってはいたが。
「で、無理だとも思ってるのか」
「ああ」
「なぜ」
「……力が足りない」
「何の力だ」
 剣は首をひねった。羅猛が続けた。
「文字通りの、力、部門の力なら、お前にはある。お前の細剣は全く一人で覚えたんだよな。大したモンだ。あとはちょっとした技をつけりゃいいのさ。ここに来たら俺がちょいと教えてやる。そうしたら俺にだって勝てるようになるさ。強いのは……この山では大事なことだ。技比べである程度の腕を見せておかなけりゃ、誰も付いて来ねェぜ。お前は、弓はもう充分強い。細剣で技比べが取れるようになりゃ、誰ももうモンクは言わネェよ。それで十分だ」

 剣の顔が少しほころんだ。羅猛に細剣を教えてもらえるのは、それだけでかなり魅力的な誘いだった。その誘惑に負けそうになるのをこらえて、剣は頭を振った。
「……力ってのは、そういうンだけじゃねえだろ」
「じゃ、どういうンだよ。言ってみな」
 考え込む剣の言葉を、羅猛はじっと待っていた。
「……つまり、アンタに黒葉がついてるようなことだよ。黒葉は組み手ならアンタを組み伏せられるだろ。それでもアンタについてるじゃないか」
「俺は羅族だからな」
「でも、それだけじゃない」
「いや、それだけだな。……俺は、羅族だったからな」
 羅猛は続けた。
「はじめっから黒がついてた。でもお前は、これからそれを作らなきゃいけねえ。お前が多少ワケ解んねえことしても、お前に黙って付いて来る奴等をさ。それには時間がかかる。だからお前を早めにここに呼んだ。今日明日にお前を族長にしようとは考えてネェよ。……だからお前はその間に、お前の配下を作んな。力仕事に使うヤツ、色事に使うやつ、嘘をつかせるやつ、そしてお前が嘘を付かないでいい相手を作れ。それがお前の当面の『仕事』だな」
「………」

「あともう一つ」
 羅猛は笑った。
「俺はここに来てから随分と雄弁になったぜ。お前はソレも頑張りな」
「俺は」
 剣は顔を上げた。
「まだやるとは言ってない。アンタは、まだ俺の質問に答えてないぜ。なんで……俺なんだ」
「そォだなあ……」
 羅猛は自分の椅子に腰をかけた。剣もつられて腰を下ろした。
「お前は、余計なことを言わんからいい」
「そんな、くだらねェことで……」
「一つ、お前は、余計なことを言わない。知っている以上の事を言わない。言っちゃいけねェことも言わない。臆病で用心深いからだ。これは、大事なことだ。下らなくはねェな。二つ、お前には野心がない。頂に来いってのをわざわざ断りに来る有り様だ。野心の過ぎたヤツは長には向かねえ。猫は強いヤツが好きなクセに威張るヤツが嫌いだ。権力に憧れるくせに、それを振りかざされるのを好かネェ。お前に何か野心があるとしても、そりゃ多分ここに来る、って事とは違ってるんだろうな……でもここに来たからって、お前のやりたい事が出来なくなる訳じゃねェと思うぜ?」
 落ちつかなげに、剣はみじろぎした。
「三つ、お前は強い。体も、多分心もな。……随分デカくなったよなお前。もう藍高とそう変わらねえじゃねェか」
「……俺は……」
「剣、俺がここにいたのはな、猫がバラバラになってたのをまたマトメるって役目があったからさ。それにゃ、羅族はあつらえ向きだった。春風を叩き潰して、春草をやっつけて……それには戦の神だとかいう羅族ってのはいい案配に働いたのさ。だがな、次は……戦じゃなくて、別の方法で猫をマトメてくって事になるんだと思うぜ。それにはな、羅族はもう必要ねェのさ。……安心しろよ、まだ、明日すぐにはお前に譲りゃしねえよ。まだやり残したことがあるからな……だが、次は……次の猫の長は、言ってみりゃ羅族をこっから追い出す役目をしなきゃなんねえ。それには、黒じゃだめだ。赤でもダメだ。だから、お前がやれ」
「………」
「やっぱメンドくさいか?」
 羅猛が訊いた。
「だが、誰かがやらなきゃいけないシゴトだぜ? どうしてもイヤならよ、お前が考えてみてくれないか。俺が引いたら、あるいは明日いきなり死んだら、誰をここに置く? 可南の誰もがある程度納得する力を持ち、そして争いの種とならず、メンドくさいコトを投げ出さずに出来るヤツだ。お前の他に誰かいるか? 考えてみてくれよ。俺が納得したら、ソイツを次にするぜ」
 剣は考えた。長い間、黙り込んだ。
 そしてやがて言った。
「俺が、やるよ」
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