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XXII.  最盛
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 可南の再建は、素早く行われた。
 剣はやっと、可南を自分のものとして作り替えたのである。
 頂の真下には、黒が、今や黒矢をその長と戴き、相変わらずの勢いを誇っていた。中腹を支えるのは、藍と日。数の減った月族を吸収する形となり勢力を増した藍族が、黒の配下として可南の西域を支えている。そして新たに「御三家」に加わった日一族。剣は日刺に、外猫から新たな配下を選ばせた。赤族の分家からも、日刺を慕って日族入りするものもあった。かつてより日刺に忠誠を誓っていた雑種猫達の結束は堅く、若き長の元に集い新たな一族を結成した彼等は、可南の東を守る重要な要となるはずであった。麓に散らばるのは、赤一族。戦闘能力が高く、数も多い彼等は、族長の山への入り口を守る門番の役目を与えられていた。可南は、一気に若い世代に引き継がれたのである。長かった----もうそれも昔の事となったが----可南と可北の戦いで、剣達の上の世代は大打撃を受けた。残された子供たちが、やっと可南を引き継ぐまでに育ったのである。

 こうして可南は再び最盛を迎えようとしていた。族長を支える側近達はみな若く、互いの信頼も厚かった。昔から気心の知れた仲でもある。剣を中心に、彼等は遠慮なく意見をかわし、また共に遊び、狩りをし、酒を飲み、語り合った。人間の脅威は----ひとまず遠ざかったと考えてもよさそうだった。だが可南には唯一の、そして最大の問題が残されていた。それは皮肉なことに、若き猫達の結束を固くする一つの要因ともなった。可南を狙う共通の敵がいる。そうなるともう内輪もめなどしている場合ではない。

「春水か……」
 黒矢は呟いた。
「何かもう……ロクに顔も覚えちゃいないんだがな」
「ずっと黙ってやがってよ」
 日刺は剣をじろりと睨んだ。
「何が獅子にやられただ。てめエ春水にやられて、一月も平原にコロがってやがったのかよ。ダラしねェな」
 剣は肩を竦めた。
「昔の話だ。今会ったら……負けやしねェ」
「アホ、次負けたらもう終わりなんだよ」
 日刺は叫んだ。
「このままにしとくことねェだろ。もしあれが……春水のシワザならよ。早いとこやっちまおうぜ」
「そうしたいのは山々だがな」
 黒矢が重々しく言う。
「相手の居所が解んネェ今、手の打ちようがないってのも確かだな」
 日刺は苦々しげに横を向いた。
「だけどよオ。あれだけカゲキな挑戦状叩き付けられて、黙って見てるってのはシャクだぜェ。平原中探し回っても、息の根止めてやりてェよ。待つだけってのは……どうも性に合わねえ」

 二人の会話を、剣は黙って聞いていた。
 その不敵な挑戦状を再び彼に叩き付けてきた男の事を----春水のことを、もとより彼が思わぬ日はなかった。かつて猫と人間が関わりを持つことをあれだけ危惧していた男が、今その最後の手段を以て可南潰しにかかって来たのだ。それは春水の春草再建への捨て身の姿勢を示す、恐ろしい予告でもあった。

「戦ってのはさ」
 藍高が相変わらずの物憂げな調子で言う。
「仕掛ける方がカンタンなんだよ。小狡い手がいくらでも使えるからなァ。だけど結局は力のある方が生き残る……春風ン時だってそうだろ。奇襲には成功したが、結局あとの力が無けりゃ負けて終わる。恐いのはさ、そのチョーハツに乗ってコッチが浮き足立つコトだぜ。今はソワソワするより、可南の守りを固めておく方が先だろ」
「全くだよな。正論だよ」
 剣が言った。言いながら、だが彼はふいに机に突っ伏した。
「……だけどやっぱ、アタマ来るよな実際……。キタネえ手使いやがって……」

 皆思わず笑った。剣は最近彼なりに族長の品格とやらも身につけつつはあったし、恐らく本人もそう努めていたのでもあろうが、やはり昔からの友の中に混ざると、ついついこうして「族長らしくない」本音を漏らすのであった。剣は思い直したように頭を振って、立ち上がった。

「だけど、藍高の言う通りだ。今、可南の守りを手薄にする訳にはいかない……。奴等がまだ可南と直接渡り合うだけの力を持ってるとも思わないが、こっちが可南を空けて平原を探し回ったんじゃ、かえって奴等の思うツボだ。大切なのは何より可南を守り通すことだ。次に奴等がどんな手で来るにせよ、可南がしっかりしてりゃ必ず勝てる」
「人間の所から逃げ出した猫ってのは、奴等と一緒にいるのかね?」
 黒矢が呟く。剣はゆっくりと頷いた。
「……多分、そうだろう。じゃなきゃ、春草の女たちがああも大勢で逃げ出したってのが、どうも解せないことになる……。時期もほぼ一致するしな」
 黒矢は呻いた。
「だったら、少なくとも今後『春草』をやってくだけの数は揃ってるわけだ。男が、七十位って言ってたな。光の男共が三、四十か。あとガキが三十って言ってたか? それに女が三十とちょっとか」
 剣は黒矢の顔を見上げた。
「そうだな。若い男を数えたら……かえって前の春草より多いくらいだ。金種は春草よりは大柄だったみたいだし……」
「え?」
 黒矢と日刺が揃って妙な顔をして剣を見た。
「……剣と読んだホンにさ、金種ってのが出てたんだよ」
 藍高が慌てて横から答えた。
「それがさ、ニンゲンの所にいる、猫のことだったんだって……この間来たニンゲンが、言ってたろ。『金種』って。結構大柄だって書いてあったしな。武器も使えねェことないみたいだぜ」
「……ふうん?」
 黒矢は首をかしげた。
「そんな事書いてあるホンがあったのか……んなこと、読んでたんなら始めから教えろよ……」
「だからさ、ただ読んでる時にはピンと来なかったンだよ」
「……ま、いいけど、ともかくそれだけの数が向こうにも揃ってる上に、もしそのニンゲンの所にいた猫がある程度戦える奴等なら、向うから仕掛けてくるってコトも充分有り得るじゃねェか」
「仕掛けてきて欲しいくらいだ」
 剣は言った。
「向うから来れば、いっそ好都合だ。可南で戦うのなら負けやしねェ。今度は春水も人間の力を借りるってワケには行かねェだろうからな」
「おうよ、今度こそ、完全にブッ潰してやるぜ」
 日刺が叫んだ。

「ぶっ潰すのか? 剣」
 藍高が聞いた。日刺が振り向く。
「なんだよ? あったり前じゃねェか。……他に何があンだよ。春草はテッテーテキにブッ潰すのが可南の方針だろォがよ」
「それは、可南と言うより羅猛の方針だ。今は剣が族長だ」
 日刺が机に拳を叩き付ける。
「……お前さァ、今更引き下がれるとか思ってるワケ? まさかここまで来て、春草と馴れ合おうなんてタワケタこと考えてる訳じゃねェだろォな」
 藍高は肩を竦めた。
「俺は別に何も考えちゃねェぜ。ただ物事決めるには色ンな可能性があるってコト。春草の本来の目的は可北を取り戻すことだろ。可南を潰すことじゃねェ。俺達にだって別に可北は必要ない。だったらそれは両立しないこともない。元通り、可南に俺等、可北に春草。コッチに譲る気があればな」
「……アホウ、それで済むかよ。今度は可北を根城にしてアイツラが仕掛けて来るってだけのハナシじゃネエかよ。ビビってんのかよ、藍高」
「カッカすんなよ日刺……あくまで可能性って言ったろ。それに一旦可北を取り戻したら、もともと平和主義の春草共がそれで落ちつくってコトも考えられるぜ」

「平和主義」
 剣が呟いた。
「そうかな……」
 黒矢が口を挟む。
「そうだよ。平和主義って言ったってよ……コッチも色々チョーハツしたのは確かだけどよ。それに乗って始めに血を流したのは奴等なンだからな。その前だってよ……春風から仕掛けて来やがったんだぜ」
「可南に俺達、可北に春草」
 剣はぼんやりと言った。
「果たして、それで平和な状態が長続きしたってことが……どの位あったのかな。可南と可北。俺達はさ、産まれた時からそういう状態に慣れてて……それが有る意味じゃ当たり前って思ってた所もあった。だが本を読んでみれば、昔は猫はみんな可北に住んでいて、喧嘩になって……戦になって、可南と可北に別れた。その後だって、本当はずっと戦い続けて来たんじゃないか? 俺達が生まれた頃だってそうだ。あの……春水をやっつけたと思った時だってそうだ。今だってそうだ。平和に、春草と、それ以外の猫が、共存していた時期なんてあったのか? それは……無理なことなのかもしれないな。結局春草と、俺達は共存出来ないんだ。戦うしかないんだ。理由は解んないけどよ……。羅猛だって、初めはそれを狙ってたんだと思う。猫の平和ってヤツを。でも、結局無理だったんだ」
「羅猛に出来なかったことでも」
 藍高が静かに言った。
「お前になら出来るかも知れない」
「いや……」
 考え込みながら、剣は言った。
「俺は……俺はかえってダメだろうな。俺は、春水を殺る。それだけは譲れネェ。俺とアイツは殺し合うように出来てる。それは……もう避けようがないみたいだ。アイツを殺るためには、俺は何だってやる。人間まで引き入れて可南を潰そうとしたヤツを、生かしとくワケには行かネエ」
「………」
 剣は顔を上げた。
「春水に付いてる以上、俺は春草を根絶やしにする。光もだ。もし緑がヤツに付くと言えば、そうは言わないとは思うが、緑もだ。金種とやら、だってそうだ。それが、きっと近道なんだ。可南の……平和の」
「それが族長の決定ってワケだ」
 黒矢が言った。
「俺達は可南を守り、春草は叩き潰す」
「……解った。今後の方針ってヤツだな」
 藍高も頷いた。
「何を今更……ンなのは始めっから解りきってたコトだろうがよ」
 呆れたように日刺が両手を広げた。
「それをどうやってヤルか、ってコトを話し合ってたんだぜ。またハナシが振り出しに戻っただけじゃネェか。結局、春草の出方を待つ。それだけかよ」

 確かにその通りだった。剣は窓から彼の山を見下ろしていた。雪祭を間近に控え、支度に忙しい猫達が忙しく行き来している。人間の突然の襲撃に仰天した可南の猫達ではあったが、それをまた、どういう手を使ってか族長が一人で追い返したとあって、剣の評判は上がる一方であった。待ちこがれた巫子の開眼もあった。今度の祭りからは再び神卸が始まるのだ。彼等の表情は明るかった。確かに可南はその最盛の時にあったのだ。頂の家に唯一立ちこめるこの暗い雲さえなければ、それは微塵の揺るぎも無いものとなっていたはずであった。
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