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XXVIII.  死闘
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 血が、血を塗り込める。叫びが、叫びをかき消す。

 敵の姿をやっと目前に捉え、可南猫達は活気づいていた。矢をかいくぐり、はぎ取った木の皮を盾に、彼等の大多数が生きて丘裾にたどり着いた。もともと地の利のない場所では、接近戦に持ち込むのが得策だ。岩に隠れた春草前線の弓隊は、すぐに切り捨てられた。日刺の合図で後続の猫達が林を走り出る。日刺、黒葉、藍高の指揮の元、三隊に別れた彼等は、それぞれの場所から突破口を開き始めた。

 だが麓に陣取った春草の弓隊は、それ自体が可南猫を誘き出すための罠であったようだった。もはや上空に遮るものの無くなった彼等の上に、銃の炎が----初めて降った。悲鳴を上げて、数人の若猫が林に駆け戻ろうとする。丘に背を向けた彼等は、次々と炎に吹き飛ばされてもんどり打って倒れる。

「びびるんじゃねーーっ!」
 日刺が必死に声を上げる。銃の話は聞いていたがその威力を初めて目の当たりにする猫も多く、及び腰になった可南猫達の上に、今度は丘の上部から、矢が再び降りしきる。ばたばたと、猫達が地に伏す。可南から浴びせる矢は、その高さに邪魔されて、なかなか的に届かない。そして再び、銃の炎が襲いかかる。

 岩影を飛んで、藍高が日刺の横に身を伏せた。
「まずアイツを殺ろうぜ」
「銃、か」
「そうだ。どうやら一つしか無いみたいだぜ。少なくともここにはな」
「どこから登る?」
「土手の右っ肩に集中しよう。茂みが深いから他より少しはマシだろ。一気に登らねェとダメだ。後ろから援護させてくれ」
「よしっ」

 日刺が後ろから、赤と雑種猫を一隊呼び寄せる。藍の若者が、素早く猫達の間に散って行った。突破隊は茂みを這いずりながら土手の右下に身を寄せ、残りは全て援護の弓矢を手に取った。藍高の合図の元、突破隊は矢の雨の中に走り出た。逆に向けて囮部隊も飛び出す。彼が選んだ斜面は木立が多く、降り懸かる矢も銃の炎もなかなか届いては来ない。雑種猫が後ろで何人か倒れたが、振り返る間もなく彼等は土手に飛びついた。だがそこから先、茂みを抜けた土手の斜面は灌木も無く裸だ。先陣を切った猫達は、銃と矢を受け、ばたばたと倒れた。倒れた猫が後ろに続く者に折り重なり、そこにまた矢が降り、炎が閃き、さながら猫の墓場のような惨状が土手下に繰り広げられた。

 だがそのとき赤の若者の放った矢が、銃を持った金髪猫を地面に倒した。今が好機と猫達は次々と斜面に取りつき、飛び回る矢を細剣と盾で払いながら這い登る。真っ先に土手を登った日の若猫が弓隊の直中に飛び込み、彼等を猛然と蹴散らし始める。日刺も援護隊に前進の合図を送り、自らも斜面に飛びついた。

 土手上に動揺が走ったのを見て取った剣と黒葉が、傾斜の反対側から進撃を開始した。二手に分かれた可南の攻撃に、丘の上の弓隊は隊陣を崩した。突破口は開かれた。可南猫達は次々と弓隊に切り込み、金髪猫を地面に倒し始めた。日刺が斜面を登り切り、矢を避けながら身体を丘の上に引き上げようとするのに、藍高が振り返り手を伸ばす。その瞬間、藍高の体が横にのめった。

 土手を滑り落ちる藍高の手を、あやういところで日刺は捕えた。肩に深く、彼は矢を受けていた。顔を歪めながらも、素早く自分で抜き取る。血が吹き出したが、それを止めている暇は無かった。
「……アホウが、一刻足らずで、日羅枝を後家にするつもりかよっ!」
 叫んだ日刺にニヤリと笑い返し、再び彼は土手上へ飛び上がった。日刺も後に続く。接近戦になったと見て取った金猫達が、弓を捨て、大剣を持って向かって来るのに囲まれ、彼等はすぐに引き離された。蒼白な顔で細剣をふるう藍高に、ちら、と日刺は目をやった。春草の武器には詳しくなかったが、あれがもし毒矢であったなら、その出血の心配をするまでもなく、彼の命はあと一刻も持たないと思われた。だが日刺とて、もう他人の心配をしている場合ではない。目の前の金髪の頭を、彼は思いきり宙に飛ばした。目指すは、春水。まだ丘の上方にいるものか、その姿はどこにも見あたらない。まずこの中腹を一刻も早く制覇するのが先だ。藍高の姿は、すぐに金色の群の中に見えなくなった。群がる弓隊の真っ直中へ、日刺はその身を踊らせた。


 細剣を振るい、剣は銃を目で追い続けていた。赤猫が弓で倒した金種猫から、傍にいた猫がすぐにその武器を取り、再び可南猫の直中に炎を発する。一撃で、五人ほどの猫が倒れた。だがその中には金髪猫も混ざる。剣は僅かにほくそ笑んだ。思った通り、あの武器は威力が大きすぎて接近戦には向かない。人間達から奪っては来たものの、奴等はまだ銃を扱い慣れていないのだ。あわてて、銃を持った金髪猫は、入り乱れる猫達の間を抜け、後方に下がろうとする。それに後ろから、猫の透き間を縫って剣は思い切り矢を放った。

「銃を取り上げろーーっ!」
 剣が叫ぶのに、もとより銃を目指していた日刺が、金猫達を払いのけながらしゃにむに前進する。銃を拾い上げようとした金猫に飛びかかって格闘になるのを、そうはさせじと周りの金猫達が大剣を振り上げる。それに日刺の側近達が応戦する。やっと銃を取り上げた日刺は、勝利の大声を上げた。だが手にしたそれをどうして良いか解らずに、一瞬迷い、剣を振り返る。

「日刺、捨てろ! 捨てるんだ。手の……届かない場所に。どこか、遠く!」
 どうせ使い方も解らぬ武器だ。日刺は頷いた。側近に護られながら、銃を取り戻そうとする金猫達をなぎ払いながら、彼は可南猫の後ろにまで後退した。土手際の崖に走りより、下を見渡し、そして銃を振り上げ、思い切り投げる。銃は弧を描いて----動きを止めた猫達の見守る中、廣瀬の支流、その流れの中に姿を消した。

 金猫達は呆然とそれを見送っていた。明らかに彼等は動揺していた。銃は、おそらくあれ一丁だけだったのだ。彼等の表情を見て、剣はそう踏んだ。人間たちの襲撃を受けたときですら、銃を持った者はそんなに多くはなかった。あれは城壁の中でも貴重品だったのだ。その証拠に「ハンター」は皆弓で獲物を狩っていた。金種が城壁を抜け出すときにも、おそらくそれ一つ持ち出すのが手いっぱいだったのだ。この丘の中腹を戦闘の要とし、彼等はそこに銃の布陣を引いていたものだったろう。

「銃はもうないぞーーっ!」
 剣は大声で叫んだ。
「もう奴等は何も出来ねェ。進めーーーっ!」
 これも銃の行方を見守っていた可南猫達が、剣の声に我に返ったように、一斉にわあっと沸いた。奇声を上げて再び武器を振るい始めた可南猫に押されて、金猫達は丘を登る路へ一斉に後退を始めた。目の前を逃げて行く金種の若猫の服を掴み、剣は彼を地に押し倒した。逃れようと暴れる身体を足で押さえつけ、喉に細剣の切っ先をぴたりと当てる。
「簓は……どこだっ!」
 金猫は恐怖に満ちた目で、剣を見上げた。
「言えっ! ……簓と…….春水は……どこにいるっ!」
 ぐいと細剣の先が喉に食い込むのに、金猫は顔を苦しそうにねじまげ、答えた。
「……頂だ。春水は……頂にいる。息子も……」
 それ以上言わせず、剣は一刀の元に金猫の首をはねた。そして上を見上げた。北の丘の、頂を。
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