<第三章> home 3章index
XXIX.  突破
←back next→
 中腹の弓隊は、ついに崩れ去った。だがその前に、可南猫達は予想以上の大打撃を受けていた。まだ戦に慣れぬ者が多い金種を戦力の要と頼る春水は、可南猫を近付ける前にその数を減らすことを戦略の重点に置いていた。罠と、銃と、弓で。それは、見事に功を奏した。地の利のない入り組んだ丘で、銃と弓は思った以上の効果を発揮したのだ。もはや銃は彼等の手元には無いものの、数においては、今や春草が圧倒的に有利な立場にいた。

 金猫達が退却した先は、丘上部の小さな広場だった。ここが頂を護る為の戦略基地ともなっていたのか、そこには接近戦覚悟の、光、金種選りすぐりの武者達が待ちかまえていた。銃を奪われて一旦は意気消沈した金猫達ではあったが、彼等の参戦で再び息を吹き返し、今度は真っ向から可南猫達に立ち向かってきた。もうここからは、互いにいかなる戦術もない。ただ刀で、組み手で、あらゆる力をもって目の前の相手を倒して行くだけだ。弓矢にはもう用がない。広場に駆け込んだ剣は、邪魔になる背中の弓を目の前の金髪に叩き付け、その目を潰した。細剣を振るいながら、周りの様子を横目で伺う。広場下で足止めを食っているのか、あるいは思った以上の数が弓隊に討ち果たされたか、可南猫の姿は数える程しか見あたらない。その誰もが周りを金猫に囲まれて、顔も明確には解らない。

 広場の向う、木の繁るその中に、女猫の姿がちらほら見えた。では女、子猫はこの場に固まって避難していたのだ。それを護るために金猫達はしゃにむになっているに違いなかった。
 頂を----再び剣は見上げた。心だけがはやる。だがまだそこは見上げる高さにあった。一人の力で突破口を切り開ける距離ではない。

 大剣を振りかざし、黒葉が剣の横に飛び込んで来た。剣と背中をあわせ、叫ぶ。
「ここを守って後を待つか、二人で先行くか、ドッチだっ!」
 剣はもう一度、横目に広場を見渡した。後に続くはずの可南猫達の姿は、まだ見えない。彼等が必ず来る保証はなかった。あるいは生き残りは、いまここにいる数が全てかもしれない。
「先へ、行くっ!」

 二人は頂への道を守る金猫達に飛びかかった。剣を可南の族長と認めた光の若者が叫び声を上げる。すぐに彼等は金種達に囲まれた。その時、広場に日刺が若猫一隊を引き連れて飛び込んで来た。剣と黒葉が頂への路を探っているのを目にするや、助太刀をしようと金種の間に割って入る。口を訊く間もなく、だが確実に、彼等は金猫の頭を、胸を、手足を切り裂き続けた。数の差がある。一太刀も無駄には出来なかった。血で滑る剣を倒れた敵の物と取り替えながら、彼等はひたすら戦い、頂への路を切り開こうとしていた。金猫達は、分散されていた。女達を護ろうとする者、頂を護ろうとするもの、下から登ってくる可南猫を退けようとするもの、そしてやはりここに来て、金種達は女のいる小屋を護りに入ったようだった。頂へ続く路の警護は、いささか薄くなったかに見えた。

「行けよっ!」
 日刺が叫んだのを合図に、剣と黒葉は頂へと走り始めた。ばらばらと、金猫が後を追おうとする。それに後ろから日刺が、赤の猫達が、切りかかる。広場を抜けると、もう廻りには僅かな金猫の姿しかなかった。足を止めることもなく、剣は、黒葉は、出くわす金髪を右に左にと切って捨てる。だがもう見渡す限り、可南猫の姿はない。日刺も、追っ手を食い止めるのに手間取っているものか、まだ後を追っては来ない。

 ここまで来てまだ春水は姿を現さなかった。本来であったら先頭に立って戦うはずの彼であるのに、と剣は思う。春草の血を護ることに固執してのことだろうか。あるいは彼が頂にいるというあの猫の言葉自体が罠で、もう春水は一人でどこかに逃げ延びているのか? いや、そんな筈はなかった。この丘にいる春草最後の民を失って、彼が一人で生き延びることには、既にもう何の意味もないのだ。

 やがて、切り立った土手の上から、目立って体格の良い金種、光の武者達が、固まって姿を現した。そこが頂への最後の砦と知れた。
「フーン、上等じゃネェか」
 黒葉は唾を吐いた。
「人間とツルんでたボッチャン猫がよ。可南に楯突こうなんざあ、その度胸だけは誉めてやるぜ!」

 黙って二人と、後方の様子を伺っていた彼等は、黒葉の無駄口が後続を期待する時間稼ぎと見抜くや、すぐに腰の武器を引き抜いた。無言で太刀をぶつけてくる。それを受け、目にも留まらぬ速さで黒葉の大剣が、剣の細剣が、ひるがえる。まず強いヤツから倒す。それが彼等の本能だった。光の若猫を、金種の大柄な男を、地に叩き伏し、黒葉は剣の背後を護って戦い続けた。
 さすがの黒葉も、今度は無傷という訳にはいかなかった。腕や、足を流れる血を、だが彼はさほど気にしてはいなかった。ただ背中を合わせて戦う剣には、傷一つ負わすまいと決心していた。昨日の夜----それは何故かもう何年も過去の事のようにも思えたが----若き族長が不吉な感謝の言葉を口にした時に、彼は既にそう決めていた。

 黒葉はただ、もう止めたかったのだ。護ろうと決めた者達に、最後になって手が届かない苦痛を、彼はもう二度と味わいたくはなかった。父を、母を、敬愛していた二人の族長を、そして、弟を、この黒の長子は、空しく失い続けてきたのだった。その繰り返しを、彼はもう止めたかった。誰が、一体何のために、彼にそんなことを繰り返させるのか、黒葉には解らなかった。だが、剣なら----それを止められるような気がしていた。理由のない、それは彼の直感だった。自分が、黒が、そして可南が繰り返してきた陰惨な争いを、剣になら----。

 それは所詮無理な願いなのかもしれなかった。昨夜彼が自嘲をこめて口にしたように、結局猫はその血を流し続ける宿命を背負っているのかもしれなかった。篝火に自ら飛び込む虫のように。それならそれで構わない、と黒葉は思った。それなら俺は虫だ。炎に飛び込もうとする他の虫を突き飛ばして、自らが炎に飛び込む虫になってやろう。それで焼け死ぬのも宿命、あるいは炎から生還するも宿命。
 自己犠牲、などではなかった。そんな、言葉に出来るような気持ちではなかった。ただ彼はそう願い、決意したのだった。そして羅猛との約束を必死になって守り切ったように、彼は自分が一度決めたことは必ず守り通す男だった。

 血塗れになって大剣を振るう彼と剣の足元に、やがて金猫は一人一人地面へ倒れ伏し、少なくともこの場では、二人が勝利を手中にしたかに見えた。その時----広場から登ってくる道に、影が現れた。可南の猫であることを、二人は祈った。だが、それは黄金や茶の髪を持つ、光猫の群であった。先頭に、光蟻。
 すぐに黒葉は決心した。剣の体を、静かに上へ押しやる。
「剣、先行きな。ウエにいンのは、お前が責任持てや。……もう手伝ってはやれねェ。後は一人でやンな」
 一瞬躊躇した剣に、黒葉はニヤリと笑った。
「さっさと行きな、剣……春水がお前を待ってるぜ……」
 剣は走り始めた。上へ、頂へ。黒葉は大剣を高く掲げ、光の若者の中へ切り込んだ。血が、その目を被い、口を塞いでも、まだ彼は戦う事を止めなかった。赤の若者を連れて駆けつけた日刺は、間に合わなかった。黒葉の断末魔の声は----たとえ彼がそれを発したとしても、既に剣には届かなかった。


 岩の上を飛び、茂みを突っ切り、剣は駆けた。上へ。ただ上へ。頂から、三人の光猫が駆け降りてきた。血に塗れた細剣を拭う間もなく、相手の顔さえろくに見ず、剣は彼等を切り捨てた。
 頂へ走り、彼の目はただその黄金のオーラを探し求めていた。上へ、上へ----何かが彼にとてつもない力を与えているようだった。これだけの戦いを切り抜けた後であるのに、何故か大した傷も負っていないことが、不思議でもあった。あの男に会うまでは、おそらく自分は死ぬことはないだろうと思ってもいた。

 あるいは剣のものであったはずの痛みの全てを、他の猫達が代わりに負わされているのかもしれなかった。黒葉や、日刺や、姿の見えない藍高が、どこかで、彼の代わりに傷ついているのかもしれなかった。

 今までも、それは繰り返されて来たのではなかったか。兄や、息子や、友たちに、自分はどこかでその生きる苦痛を肩代わりさせて来たのでは無かったか。それは全て自分の弱さ故だった。今度は、剣は勝たねばならなかった。それで何かが取り戻せるとも、許されるとも思いはしなかった。だがもう彼はどうしても、負けるわけにいかなかったのだ。

 胸を裂かれた光の男の身体を乗り越えて、剣は最後の傾斜を駆け上がった。一瞬その光に目がくらみ、だが彼は声を限りに叫んでいた。
 「春水ィ……っ!」
 そして彼等は遂に、向かい合った。互いに、その宿命と。
home 3章index ←back next→